『維新史』 維新史 3 p.545

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

即今の處は諸國へ監察使を派遣せられて、攘夷の成功を促され度いと述べた。, 命ぜられ、兩人は十七日を以て程を發したのであつた。, ゐたが、尊攘派の人々も早く此の事を計畫し、七月十一日には國事寄人東園基敬, 立ち難いから、輕率の御擧動を爲されず、攘夷親征の事は今改めて仰せ出されず、, あるから、御守衞兵を始め會津・備前等諸藩の馬揃を催されて、御覽遊ばさるべし, と内奏し、御聽許を得たのであつた。初め御親兵も調練に加はる筈であつたが, しく天覽あらせられ、天皇の會津藩に對する御倚頼の念が加はつた事は申す迄, 春門外に於いて同藩の馬揃は嚴然として行はれた。尋いで八月五日再び會津・, 朝議は變じて命は會津藩のみに下つた。七月晦日、是の日雨天ではあつたが、建, 既に六月十六日國事寄人正親町公董は、攘夷監察使となつて長州藩に赴いて, 因州・阿州・米澤・備前五藩の馬揃が同じく建春門外に於いて行はれ、兩度ともに親, 時に池田慶徳は又、愈〻御親征となるに於いては、公卿等も兵戰に馴れる必要が, もない。此の事は、會津藩等の公武合體派諸藩の、尊攘派に對する示威運動であ, は紀州藩に、同四條隆語, は明石藩に赴いて、攘夷監察の任に當るべき事を, 右近衞, 權中將, 從, 侍, の馬揃天, 會津藩等, 使の派遣, 攘夷監察, 覽, 第十一編尊攘運動の展開, 五四六

割注

  • 右近衞
  • 權中將

頭注

  • の馬揃天
  • 會津藩等
  • 使の派遣
  • 攘夷監察

  • 第十一編尊攘運動の展開

ノンブル

  • 五四六

注記 (26)

  • 1628,568,69,2256即今の處は諸國へ監察使を派遣せられて、攘夷の成功を促され度いと述べた。
  • 1160,567,61,1569命ぜられ、兩人は十七日を以て程を發したのであつた。
  • 1393,565,73,2308ゐたが、尊攘派の人々も早く此の事を計畫し、七月十一日には國事寄人東園基敬
  • 1744,570,68,2313立ち難いから、輕率の御擧動を爲されず、攘夷親征の事は今改めて仰せ出されず、
  • 922,562,67,2304あるから、御守衞兵を始め會津・備前等諸藩の馬揃を催されて、御覽遊ばさるべし
  • 798,561,70,2315と内奏し、御聽許を得たのであつた。初め御親兵も調練に加はる筈であつたが
  • 313,565,69,2296しく天覽あらせられ、天皇の會津藩に對する御倚頼の念が加はつた事は申す迄
  • 555,559,68,2318春門外に於いて同藩の馬揃は嚴然として行はれた。尋いで八月五日再び會津・
  • 676,561,71,2307朝議は變じて命は會津藩のみに下つた。七月晦日、是の日雨天ではあつたが、建
  • 1511,632,68,2236既に六月十六日國事寄人正親町公董は、攘夷監察使となつて長州藩に赴いて
  • 433,559,67,2306因州・阿州・米澤・備前五藩の馬揃が同じく建春門外に於いて行はれ、兩度ともに親
  • 1036,633,70,2232時に池田慶徳は又、愈〻御親征となるに於いては、公卿等も兵戰に馴れる必要が
  • 190,571,66,2283もない。此の事は、會津藩等の公武合體派諸藩の、尊攘派に對する示威運動であ
  • 1283,708,55,658は紀州藩に、同四條隆語
  • 1274,1455,62,1417は明石藩に赴いて、攘夷監察の任に當るべき事を
  • 1314,565,43,127右近衞
  • 1269,564,43,126權中將
  • 1265,1385,41,38
  • 1310,1385,42,39
  • 1001,308,42,161の馬揃天
  • 1049,303,41,170會津藩等
  • 1494,305,42,171使の派遣
  • 1539,305,41,170攘夷監察
  • 958,303,41,40
  • 1873,726,47,644第十一編尊攘運動の展開
  • 1866,2393,41,123五四六

類似アイテム