『維新史』 維新史 3 p.562

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參じた。會津藩士は其の參内の模樣を、, く成つた事を知らせる合圖であつた。, 近衞忠房が、召によつて急遽參内した。, ひ、近衞邸の裏門から九門内に入り、公卿門の脇に於いて勢揃を行ひ、茲に同藩に, には、同藩士が警衞に當り、藩士一統は武裝して二本松の藩邸に待機してゐた。, 忠熙父子の參内を待つて薩州藩士は、車砲五挺を先頭に押立て、銘々小銃を背負, 傳へられた。五ツ時過, ヲ一時ニ相晴度、押シテ此方へ申受ケ」(島津家國事鞅掌史料)て、同藩兵が主力とな, 禁門警衞の命が復せられた。薩州藩では「堺町御門ハ長州之堅場故、積年之無念, 薩州藩に對しても政變斷行の事は通知があつて、近衞忠熙父子が參内する際, 是より先、在京の諸藩主に主從必死の覺悟を極め、即刻參内すべしとの召命が, 一發の砲聲が凝華洞に響いて、曉闇の寂寥を破つた。即ち九門警衞の配置が全, 何れか敵、何れか味方も難見定、其節紺地に白く、無の字を染め候四半の纒押立、, り、會津・淀の藩兵と共に御門の警衞に當つた。既にして寅刻頃, に轟然たる, に土州藩主の名代山内兵之助, が最も早く馳せ, 午前四, 午前八, 豐信, 時頃, の弟, 時頃, 警衞, 堺町御門, 陸州藩の, 在京諸藩, 主の參内, 第三章八月十八日の政變第三節政變の顛末, 五六三

割注

  • 午前四
  • 午前八
  • 豐信
  • 時頃
  • の弟

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  • 警衞
  • 堺町御門
  • 陸州藩の
  • 在京諸藩
  • 主の參内

  • 第三章八月十八日の政變第三節政變の顛末

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  • 五六三

注記 (30)

  • 449,558,64,1162參じた。會津藩士は其の參内の模樣を、
  • 806,557,61,1093く成つた事を知らせる合圖であつた。
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  • 1394,557,73,2301ひ、近衞邸の裏門から九門内に入り、公卿門の脇に於いて勢揃を行ひ、茲に同藩に
  • 1639,560,72,2245には、同藩士が警衞に當り、藩士一統は武裝して二本松の藩邸に待機してゐた。
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  • 568,558,60,662傳へられた。五ツ時過
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