『維新史』 維新史 3 p.561

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中川宮は急に石藥師門から參内あらせら, のである。, であつても、召命のない者は一人も參朝を許さずとの命が、諸門警衞の士に傳へ, 守護職松平容保・所司代稻葉正邦も亦參内し、武裝した會津・淀二藩兵も陸續とし, 一朝議一變, 豫め會津藩に通告があつて、同藩士數十名は參内の警衞に當つた。續いて京都, 文久三年八月十八日の子刻過, 待の月は無心に冴えて、嵐を迎へる前夜は一切事も無げに靜かに更けて行つた, て九門内に入つた。九門は直ちに嚴重に閉され、たとへ關白及び要路の宮・堂上, れ、茲に一大政變の幕は切つて落されたのである。宮が參内あらせられる事は, され、十次郎は獨り遁れたが、尋いで自殺した。此の夜京洛の地は蟲の聲高く、立, られた。暫くして前關白近衞忠熙・右大臣二條齊敬・内大臣徳大寺公純・權大納言, 第三節政變の顛末, 時頃, 午前, 中川宮松, 平容保等, の急參内, 第十一編尊攘運動の展開, 五六二

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  • 時頃
  • 午前

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  • 中川宮松
  • 平容保等
  • の急參内

  • 第十一編尊攘運動の展開

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  • 五六二

注記 (20)

  • 891,1665,66,1203中川宮は急に石藥師門から參内あらせら
  • 1524,582,53,260のである。
  • 295,565,86,2295であつても、召命のない者は一人も參朝を許さずとの命が、諸門警衞の士に傳へ
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  • 414,569,87,2299て九門内に入つた。九門は直ちに嚴重に閉され、たとへ關白及び要路の宮・堂上
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