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言中山忠能の如きも、, 病を力めて急ぎ參内した。藩士は其の状を記して、, 中將樣ニハ御病氣之御事故御案思申上候處、不取敢御上下被爲召、白鉢卷被遊, 玄關へ輿之儘舁込、明曉退出掛直ニ御厩拜借移居由也。凡如天魔之所行、一人, 隊一番組を竹田口に派し、黒谷の邸には同二番隊をして守衞に當らしめ、自らは, と記してゐる。京都守護職松平容保は偶病臥中であつたが、此の時部下の長坂, 武士退去云々。如踐薄氷末代之義可歎, 有之哉、五六百人計冑直垂劍戟拔身亂逆振合、一橋・會津等帶甲冑警固六門云々, 表ハ朝廷守護ト稱シ蛤門内迄走込、門番所ニ暫居。其後自御臺所門乘込、武家, 頗騒動〓陌町人老若奔趨持運家財如戰場。然而刀傷無之。戌刻比無異警固, 即刻之御供觸打懸拍子木ニ而、御本隊被召連、要人・近之助・生駒隊・一瀬隊御供致, 御參内被遊。御所御勝手御門ゟ武家玄關拭板上迄御乘輿被遊。, と記してゐるが、乘輿のままに參内したことは、いたく物議を釀した。前權大納, (會津藩廳記録), (山科言成日記), 松平容保, の參内, 第一章禁門の變第四節朝廷及び幕府の對策, 五七
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- 松平容保
- の參内
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- 第一章禁門の變第四節朝廷及び幕府の對策
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- 五七
注記 (19)
- 618,558,55,595言中山忠能の如きも、
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- 1889,635,68,2214有之哉、五六百人計冑直垂劍戟拔身亂逆振合、一橋・會津等帶甲冑警固六門云々
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