『維新史』 維新史 4 p.433

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子之至情不被相忍、燃胸焦心之耐處無御座候間、不顧恐懼奉獻言候。仰願くは, 十一日佐々並に至り、親しく諸隊に山口に退くべきを諭したが、諸隊の受諾する, 藩主敬親は其の議を容れ、清末藩主毛利元純に諮問する所あり、元純は正月二, き思召之旨有之」との理由を以て、斷然鎭撫軍に班師の命を下したのであつた。, は急進・中立兩派の反感を緩和せんとして、一部要路の更迭を行ひ、岡本吉之進を, 以私共諸隊荷擔仕候にては無御座候。只々御國家之危急傍觀に打過候は、臣, 猶一段と要路の更迭を徹底せられたき旨を要請した。更に諸隊の側にあつて, 免職し、椋梨藤太を大納戸役に轉じ、國事掛熊谷式部を罷めたが、二十三日には、「深, 毛利氏の墓所東光寺に移つて參籠し、藩廳の解散令に服せず、度々上書を反覆し、, 所とはならず、仍つて二十八日迄の休戰を約して一旦萩に歸つた。此の間藩廳, も、既に鎭撫軍が班師の命を奉じ萩に歸陣したにも拘らず、敢て佐々並の兵を退, 併し乍ら事態は容易に落著するに至らなかつた。鎭靜會議員は弘法寺より, 御開き被遊候はゞ、隨て御國是凛然相立可申候間、御英斷御急務と奉存候。〓, 斷然被遊御決心、二事御採用奉懇願候。以上。(防長囘天史, 鎭撫軍班, 師の命, 第二章薩長連合第一節長州藩諸隊の蹶起と武備恭照, 四三三

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  • 鎭撫軍班
  • 師の命

  • 第二章薩長連合第一節長州藩諸隊の蹶起と武備恭照

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  • 四三三

注記 (18)

  • 1627,643,58,2208子之至情不被相忍、燃胸焦心之耐處無御座候間、不顧恐懼奉獻言候。仰願くは
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