『維新史』 維新史 5 p.617

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之大幸無此上事と雀躍之至に奉存候。, に入つた。而して隆盛の意衷も亦、薩・長・土の三藩が相提携して御親兵を組織, し、輦下の守りを固うして、然る後に大事を決行せんとするにあつたので、同月, められた。隆盛は召命に接するや、四年正月鹿兒島を發して、翌二月二日東京, 八日三條實美邸に於いて木戸孝允・大久保利通・板垣退助等と相會し、熟議の後、, 東上を命じようとしてゐた際であつたから、此の議は直ちに採用せられ、大納, 言岩倉具視を勅使として薩長に派し、三人に其の出京を促すの聖旨を傳へし, 鹿兒島藩歩兵四大隊・砲兵四隊、山口藩歩兵三大隊、高知藩歩兵二大隊・騎兵二, るものがあつたことは、同月十日孝允が具視へ宛てた書翰の一節に、, 略〻成案を得、之を〓聞に達した。即ち此の間にあつて、隆盛の盡瘁特に顯著な, とあるに依つても明かである。越えて二十二日政府は兵部省に對して、, 於薩藩は一入奮勵、誠に感佩之至に御坐候。西郷氏等之遠模大度、今日國家, と達し、隆盛及び孝允・退助等は夫々歸國して御親兵組織に著手し、同年四月よ, 小隊・砲兵二隊、爲御親兵被召出、其省管轄被仰付候事(太政官日誌, 之大幸無此上事と雀躍之至に奉存候。(木戸孝允文書), (木戸孝允文書), 親兵とな, 藩兵を御, 薩長土三, す, 第二十一編内治外交の刷新, 六二〇

頭注

  • 親兵とな
  • 藩兵を御
  • 薩長土三

  • 第二十一編内治外交の刷新

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  • 六二〇

注記 (22)

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  • 1372,551,74,2330に入つた。而して隆盛の意衷も亦、薩・長・土の三藩が相提携して御親兵を組織
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