『維新史』 維新史 5 p.739

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事毛利廣封, に赴いて、砲矗を築き、山口の常備軍と對峙して、形勢甚だ不穩を極めた。藩知, とを得ざりし者の不平は甚しく、舊諸隊の長のみならず、藩廳要路の黜罰をも, に忍ぶ可からざる所であり、且つ又洋式兵制を好まざる者、或は常備兵たるこ, 要求して止まなかつた。而も其の主張は容れられなかつたので、遂に遊撃隊, の供給を絶ち、徹宵火を焚いて氣勢を揚げ、暴状は言語に絶するに至つた。會, 鬪に參加して勇名を轟かせたものもあつたので、是が廢止は隊士にとつて實, に逃れ、民部大丞兼大藏大丞井上馨・彈正少忠品川彌二郎等と謀議して對策を, 對して憤〓の意を懷いてゐたので、容易に戒諭に應じなかつた。遂に翌三年, 其の他の諸隊士約二千名は山口を〓走して宮市に屯集し、一部は更に三田尻, 歸國中の待詔院出仕木戸孝允も亦諸隊士に襲はれたが、纔かに身を以て長府, は屡〻諭書を發して之を戒めたが、〓走隊士は、單に兵制改革に, 講じ、二月十一日、本藩及び豐浦・徳山・岩國・清末各支藩の兵を率ゐ、三道より山口, 對して異見があつたのみならず、豫てより藩政、就中諸隊の處置、祿制の改革に, 正月二十六日、隊士千餘名は兵器を擁して山口を逆襲し、藩廳を包圍して糧食, 後元, 徳, 第二十二編封建制度の撤廢, 七四二

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  • 後元

  • 第二十二編封建制度の撤廢

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  • 七四二

注記 (19)

  • 1011,530,57,337事毛利廣封
  • 1113,535,70,2320に赴いて、砲矗を築き、山口の常備軍と對峙して、形勢甚だ不穩を極めた。藩知
  • 1473,536,67,2323とを得ざりし者の不平は甚しく、舊諸隊の長のみならず、藩廳要路の黜罰をも
  • 1594,540,66,2316に忍ぶ可からざる所であり、且つ又洋式兵制を好まざる者、或は常備兵たるこ
  • 1348,531,70,2327要求して止まなかつた。而も其の主張は容れられなかつたので、遂に遊撃隊
  • 547,533,64,2311の供給を絶ち、徹宵火を焚いて氣勢を揚げ、暴状は言語に絶するに至つた。會
  • 1713,535,67,2326鬪に參加して勇名を轟かせたものもあつたので、是が廢止は隊士にとつて實
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