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尚弼, のである。聖恩の宏大、誠に〓仰拜戴の至りと申すべきである。, となつた殉國の輩も少くなかつた。朝廷に於かせられては、深く其の志を憐, 藤井, された。從來、此等の殉難者に對しては、有志に依つて私祭が行はれたのに過, み給ひ、此の日同じく祠宇を東山に設けて、永く其の幽魂を合祀する旨を仰出, 兩日に亙り、京都河東操練場の齋場に於いて、盛大なる祭典を執行し、三十二藩, ら大義を天下に唱へて國事に奔走し、寃枉罹〓、竟に身命を殞し、維新囘天の礎, 三百七十四名の靈を祭つたのであつた。尋いで十一月三日には再び諸藩に, 是に於いて先づ鳥羽・伏見の戰以降の戰歿者を祭ることとなり、五月二十九, ぎなかつたが、茲に至つて始めて正式に國家の祭祀が行はれることとなつた, 日には政府は諸藩に令し、戰死者を録上せしめた。斯くて七月十日・十一日の, ・田中河内介, ・小林良典, 對して戰死者の録上を命じ、皇恩の浹治に遺漏なからしめた。越えて十二月, 〓・月照, 十五日には京都府は祠宇を東山に造營して、村井政禮, 梅田雲濱, 等二十二名の靈を祭り、續いて翌二年三月二十三日に至り飯田左馬, 宇喜多一〓, ・頼三樹三郎轉・梁川星巖, 但馬, 修理, 民部權, 新十郎, 大輔, 源次郎, 孟緯, 定明, 少進, 献, 守, 綏, 忍, 向, 戰歿者及, び殉難者, の招魂祭, 第二十編新政の基礎, 四二四
割注
- 但馬
- 修理
- 民部權
- 新十郎
- 大輔
- 源次郎
- 孟緯
- 定明
- 少進
- 献
- 守
- 綏
- 忍
- 向
頭注
- 戰歿者及
- び殉難者
- の招魂祭
柱
- 第二十編新政の基礎
ノンブル
- 四二四
注記 (40)
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- 1163,548,62,1915のである。聖恩の宏大、誠に〓仰拜戴の至りと申すべきである。
- 1616,548,66,2319となつた殉國の輩も少くなかつた。朝廷に於かせられては、深く其の志を憐
- 482,2753,55,126藤井
- 1390,548,66,2322された。從來、此等の殉難者に對しては、有志に依つて私祭が行はれたのに過
- 1502,546,69,2321み給ひ、此の日同じく祠宇を東山に設けて、永く其の幽魂を合祀する旨を仰出
- 818,540,70,2339兩日に亙り、京都河東操練場の齋場に於いて、盛大なる祭典を執行し、三十二藩
- 1730,540,67,2324ら大義を天下に唱へて國事に奔走し、寃枉罹〓、竟に身命を殞し、維新囘天の礎
- 705,550,69,2324三百七十四名の靈を祭つたのであつた。尋いで十一月三日には再び諸藩に
- 1048,614,67,2251是に於いて先づ鳥羽・伏見の戰以降の戰歿者を祭ることとなり、五月二十九
- 1277,544,64,2324ぎなかつたが、茲に至つて始めて正式に國家の祭祀が行はれることとなつた
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- 465,548,62,1615十五日には京都府は祠宇を東山に造營して、村井政禮
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