『維新史』 維新史 5 p.802

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府は八年四月三十日に至り、神佛各宗の合同布教を禁じ、又大教院を解散して、, の教職員たる箕作麟祥・岩佐純・長〓・内田正雄・木村正辭・辻新, 教育制度を樹立せんと欲し、大學中博士入江文郎・同鈴木暢・大學大助教小林儀, の干渉を離れ、自由の立場に於いて教化事業に從事するに至つたのである。, 各宗派單獨の教院を設ける旨を達し、自ら政教一致の原則を放棄するに至つ, 次に教學方面を窺ふに、政府は大學本校を閉鎖後、歐米の制度を〓酌して新, た。從つて十年一月十一日には教部省も亦廢止となり、次いで教導職は政府, 教制度の實情を視察して歸るや、率先して政教混淆の不合理なる所以並びに, 秀等を歐洲に差遣し、次いで文部大丞田中不二麿を理事官に任じて特命全權, 眞宗各寺院を糾合して、大教院解散の運動を開始するに至つた。其の結果、政, 信教の自由を唱道し、東西兩本願寺・伊勢高田の專修寺・近江木部の錦織寺等の, 大使岩倉具視に隨行せしめ、詳細に列國教育制度を視察せしめた。又南校・東, 實績は俄に擧がるを得なかつた。偶本願寺の僧島地默雷は歐州に於ける宗, 次等にも是が取調を命じた。斯くて鋭意調査研究を重ね、遂に明治五年八月, 校, 四年大學南校は南校、大, 學東校は東校と改稱す, 止と教部, 布教の停, 神佛合同, 新教育制, 度樹立の, 省の廢止, 計畫, 第四章廢藩置縣直後の政局第二節内治の整備, 八〇五

割注

  • 四年大學南校は南校、大
  • 學東校は東校と改稱す

頭注

  • 止と教部
  • 布教の停
  • 神佛合同
  • 新教育制
  • 度樹立の
  • 省の廢止
  • 計畫

  • 第四章廢藩置縣直後の政局第二節内治の整備

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  • 八〇五

注記 (26)

  • 1393,526,69,2338府は八年四月三十日に至り、神佛各宗の合同布教を禁じ、又大教院を解散して、
  • 476,1100,67,1756の教職員たる箕作麟祥・岩佐純・長〓・内田正雄・木村正辭・辻新
  • 820,525,74,2326教育制度を樹立せんと欲し、大學中博士入江文郎・同鈴木暢・大學大助教小林儀
  • 1050,529,68,2268の干渉を離れ、自由の立場に於いて教化事業に從事するに至つたのである。
  • 1277,526,70,2314各宗派單獨の教院を設ける旨を達し、自ら政教一致の原則を放棄するに至つ
  • 936,597,71,2251次に教學方面を窺ふに、政府は大學本校を閉鎖後、歐米の制度を〓酌して新
  • 1164,530,70,2316た。從つて十年一月十一日には教部省も亦廢止となり、次いで教導職は政府
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  • 704,526,73,2325秀等を歐洲に差遣し、次いで文部大丞田中不二麿を理事官に任じて特命全權
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  • 1630,524,69,2320信教の自由を唱道し、東西兩本願寺・伊勢高田の專修寺・近江木部の錦織寺等の
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  • 1874,530,68,2313實績は俄に擧がるを得なかつた。偶本願寺の僧島地默雷は歐州に於ける宗
  • 356,532,74,2315次等にも是が取調を命じた。斯くて鋭意調査研究を重ね、遂に明治五年八月
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