『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.1064

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リヨが反抗せしを怒り、越前に流しゝが、後牢より出し、必要なる給與をな, し、ジユストには高槻城を與へ、前に倍したる收入を給せり, イルマン、數名は、此神學校より出で、又此神學校に於て、日本の種々なる異, 教徒もなからしめんと期し、神學校を設けて教理を研究せしめ、重臣の子, 内の異教を芟除し、基督教を傳へ、到る所一宇の寺院、一人の坊主、一人の異, 暫くして、此地方に巡視のパードレ・アレキサンドロ・ヴリニヤニ來りしが、, ジユストの周旋に依り、信長より厚遇を受け、日本全國自由宣教の認許状, ストの退去せし後、之を守ること能はず、終に信長に明け渡せり、信長はダ, 教の奧義を究め、之を根底より倒すべき手段を教へたれば、宣教上與へし, 弟を入學せしめたり、是上の國々に設立したる神學校の嚆矢とす、本會の, を賜はりたり、ジユストは異教者をして我聖教を重んぜしめ、徐々に彼等, を導かんが爲めには、他に勝れる方法なしと思ひ、巡視のパードレの滯在, 便盆實に尠少ならざりき、, ジユストは、信長より受けし優渥なる恩寵に對し、神恩に報ぜんが爲め、領, 二ケ年間、領内各所の會堂、殊に高槻の大會堂に於ては、聖祭、行列其他の祭, ○中, 略, 南坊神學, 二高槻城, ヲ與フ, 信長南坊, ノ許可ヲ, ニノ布教, 校ヲ建設, 信長ニ周, ワリニヤ, 旋ス, ス, 慶長十九年九月二十四日, 一〇六四

割注

  • ○中

頭注

  • 南坊神學
  • 二高槻城
  • ヲ與フ
  • 信長南坊
  • ノ許可ヲ
  • ニノ布教
  • 校ヲ建設
  • 信長ニ周
  • ワリニヤ
  • 旋ス

  • 慶長十九年九月二十四日

ノンブル

  • 一〇六四

注記 (30)

  • 1700,600,63,2215リヨが反抗せしを怒り、越前に流しゝが、後牢より出し、必要なる給與をな
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