『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.1087

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外に放逐せられ、こゝに現生を終れり、, せり、本書に掲ぐる所は、この書及びパードレ・ルイス・デ・グスマンの書、其他, 第二十九章ドン・ジユアン内藤徳庵の生涯, ぜしが故に戰に勝ち、敬虔にして行正しく、他人の教化に熱心なりき、百の, るが、ドン・ジユストは、日本の基督教の爲めに生れ又生存せり、彼は神を信, 前公方樣の代に、この國を統治し、その收入の大部を收めしは、ドン・ジユア, ン内藤殿といふ基督教を奉ずる武士なりき、そのパードレ・ガスパル・ビレ, の大なる寺院に移しゝ際、ドン・ジユストの遺骨は箱に納めて、學林内の小, 聖ポーロの引用せし豫言者ハヾコクの言に、人は信仰によりて生くとあ, 堂に安置し、その畫像をこの上に掲げ、現に同所にあり、終に一言すべきは、, ドロ・モレジヨン、其一代記を作り、千六百十六年、メキシコに於て之を刊行, 丹波國は公方樣の領にして、天下又は五畿内と稱する國々の一なり、, 教會を建て、十萬以上の信徒を保護し、自己の名譽と領土とを捨て、終に國, 確實なる記録によれり、その後二十年を經て、耶蘇會の舊寺院の墓を新築, 蘇會の學林の長は、又その徳を稱へて説教をなしゝが、その後パードレ・ペ, ○上, 略, 南坊ニ對, 行ス, コノ傳記, 徳庵ノ事, コニテ刊, ノ材料, スル贊語, 蹟, ヲメキシ, 南坊ノ傳, 慶長十九年九月二十四日, 一〇八七

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  • ○上

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  • 南坊ニ對
  • 行ス
  • コノ傳記
  • 徳庵ノ事
  • コニテ刊
  • ノ材料
  • スル贊語
  • ヲメキシ
  • 南坊ノ傳

  • 慶長十九年九月二十四日

ノンブル

  • 一〇八七

注記 (29)

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