『大日本史料』 11編 別巻1 p.187

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よ、今その言に從ひて僕をして安らかに世を去らしめ給へ」を復唱せるが、同年ローマに, 大使及び諸侯列座の席に於いて〓見をなしたり、右終りて、教皇は聖シモンの言なる「主, 第五、中浦、のちにドン・ジユリヤノ、兩人は肥前の貴族なり、, の名は次の如し、, 旅行ののち、ローマに著きて、キリストの眞の代官として教皇を拜し、樞機卿全員、各國, 彼等はシエナ到著の際、盛大なる歡迎を受け、數日間滯在し、驚くべき熱心を以て市内の, 第三、その伯父なる大村の領主ドン・バルトロメオ, 第一、洗禮を受くる前は伊東、のちにドン・マンシヨ、日向の王の甥にして、コンゴ, 信心の場所を巡覽し、同月十七日ローマに向け出發せり、彼等は三年數箇月の長きに亙る, 於いて逝去せり、, 第二、千々石、のちにドン・ミケレ、その從兄弟なる有馬の王ドン・プロタシオの大使、, 第四、原、のちにドン・マルチノ、竝びに, の王ドン・フランシスコの大使、, ○第二ノドン・プロタシオノ次, 一入ルベキヲ誤リタルナリ、, 伊東まんし, 中浦じゅり, 原まるちの, ま二向フ, 千々石みげ, ろーま二テ, 數日間滞在, 教皇二〓ス, シ市内ヲ〓, 覽ノ後ろー, やん, よ, 教皇薨ズ, る, 天正十年是歳, 一八七

割注

  • ○第二ノドン・プロタシオノ次
  • 一入ルベキヲ誤リタルナリ、

頭注

  • 伊東まんし
  • 中浦じゅり
  • 原まるちの
  • ま二向フ
  • 千々石みげ
  • ろーま二テ
  • 數日間滞在
  • 教皇二〓ス
  • シ市内ヲ〓
  • 覽ノ後ろー
  • やん
  • 教皇薨ズ

  • 天正十年是歳

ノンブル

  • 一八七

注記 (31)

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  • 616,602,60,2297大使及び諸侯列座の席に於いて〓見をなしたり、右終りて、教皇は聖シモンの言なる「主
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