『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.1065

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を睹て大に感動せり、, られたれば、我教を好める信長の第三子, てこの計の失敗に歸したるを見て、山伏四百餘人を堺の附近なるオーミ, 讀みたる後、像を倒に十字架に懸け、釘を所々に打ち、必ず死すべき由を告, は、その軍司令官羽柴殿と共, げたり、然るに其後戰爭に於て中川殿は敗死せしが、ジユストは生還して, に之を撃ち、仇を報ぜんとせり、ドン・ジユストは、三百三十餘人の精兵を率, 彌々榮えたり、山伏の中數名は之を見て、基督教に歸依し、この時の顛末を, ゐ、この軍に加らんが爲めに急行し、他の軍に先ちて、八千の兵を率ゐたる, 千五百八十二年に至り、信長は京都に於て、圖らず丹波の領主明智に〓せ, 等と共に之を修めたれば、永く此地方に行はれ、異教者も遠方より來り、之, 語りしといふ, 坊主等は基督教の盛況を見て、ドン・ジユストと領土を接したる中川殿, 乃をして、信長に説かしめ、ドン・ジユストを信任せざらしめんとせり、而し, 典をば、最も莊嚴美麗に擧行したり、又彼は流血の苦行を定め、自ら其重臣, の山中に集め、ドン・ジユストの像を作り、盛なる儀式を擧げ、經文を, ○大, ○信, 峯, 孝, 清, ○, ト戰フ, 南坊光秀, 慶長十九年九月二十四日, 一〇六五

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  • ○大
  • ○信

頭注

  • ト戰フ
  • 南坊光秀

  • 慶長十九年九月二十四日

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  • 一〇六五

注記 (26)

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