『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.1085

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

質も亦強健ならざりしに、北方の寒地より、冬季降雪の際、困難なる旅行を, マニラに著きては、氣候も食物も全く日本と異なりしが故に、終に重患に, りしかば、パードレ等は大に悲しみ、長官は醫師を集めて、治療の法を講ぜ, 庵の子及び、同行の婦人等一同に、國王の名を以て扶助料を給與せり、, 會のパードレ其他の教を守るべし、之に從はざるものは子にあらず、孫に, べしといへり、この言果して誤らず、長官以下孤兒を憐み、ドン・ジユアン徳, しが、何等の効なかりき、ドン・ジユストは最後の用意を整へ、屡〻懺悔をなし、, りて、長途の航海に上り、妻娘及び五人の孫と共に、船内の狹き一室に居り、, なして京都に下り、同地より海陸共不便を甞めて長崎に至り、十一月に入, は、神は意外の解決を與へたり、ドン・ジユストは平素上流の生活に慣れ、體, ることを述べ、己れ死すとも、神が必ず一同を助けて、窮乏に陷らざらしむ, 罹りたり、ドン・ジユストは病終に癒ゆべからざるを覺り、之を懺悔師に語, あらずといひ、又その悲歎するを見て、神の今日まで一家を保護せられた, 又年少なる孫等の爲めに訓を遺し、良き基督教徒となり、教會に仕へ、耶蘇, と云ひ、受納を勸めしが、ドン・ジユストは堅く之を拒みたり、この爭に付て, 南坊ノ最, 期, 南坊病ム, 慶長十九年九月二十四日, 一〇八五

頭注

  • 南坊ノ最
  • 南坊病ム

  • 慶長十九年九月二十四日

ノンブル

  • 一〇八五

注記 (20)

  • 1681,577,62,2214質も亦強健ならざりしに、北方の寒地より、冬季降雪の際、困難なる旅行を
  • 1330,594,64,2201マニラに著きては、氣候も食物も全く日本と異なりしが故に、終に重患に
  • 1098,579,63,2211りしかば、パードレ等は大に悲しみ、長官は醫師を集めて、治療の法を講ぜ
  • 280,583,65,2085庵の子及び、同行の婦人等一同に、國王の名を以て扶助料を給與せり、
  • 748,583,61,2211會のパードレ其他の教を守るべし、之に從はざるものは子にあらず、孫に
  • 397,592,62,2208べしといへり、この言果して誤らず、長官以下孤兒を憐み、ドン・ジユアン徳
  • 980,584,64,2223しが、何等の効なかりき、ドン・ジユストは最後の用意を整へ、屡〻懺悔をなし、
  • 1448,584,62,2225りて、長途の航海に上り、妻娘及び五人の孫と共に、船内の狹き一室に居り、
  • 1565,582,64,2213なして京都に下り、同地より海陸共不便を甞めて長崎に至り、十一月に入
  • 1797,584,65,2212は、神は意外の解決を與へたり、ドン・ジユストは平素上流の生活に慣れ、體
  • 516,591,60,2204ることを述べ、己れ死すとも、神が必ず一同を助けて、窮乏に陷らざらしむ
  • 1212,577,68,2222罹りたり、ドン・ジユストは病終に癒ゆべからざるを覺り、之を懺悔師に語
  • 633,587,60,2207あらずといひ、又その悲歎するを見て、神の今日まで一家を保護せられた
  • 865,584,62,2214又年少なる孫等の爲めに訓を遺し、良き基督教徒となり、教會に仕へ、耶蘇
  • 1912,582,63,2209と云ひ、受納を勸めしが、ドン・ジユストは堅く之を拒みたり、この爭に付て
  • 1007,212,42,175南坊ノ最
  • 963,213,39,39
  • 1568,210,42,161南坊病ム
  • 175,655,45,471慶長十九年九月二十四日
  • 185,2400,43,152一〇八五

類似アイテム