『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.1073

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二万五千石(一石は一ドカドに當る)を與へたり、, 教は日本の僻陬の地にまで傳へられたり、, ば、彼を再び招致せしならんが、その不可能なるを見て、家族と共に、後に將, 出せり、若し基督教を捨てずして、歸り來らしむること、その威信に關せず, 妥を得、又精神上の修業をなし、祈祷と苦行とを事とせり、此の如くして約, を望み、同所に流されたり、筑前殿はその親友なりしを以て之を厚遇し、米, 奧州の大諸侯蒲生飛彈守殿、ジユアンも亦ジユストを招くを望みたり、飛, 一年を過ぎ、世に忘れられ、最も貧苦に陷りしとき、太閤樣は其功勞を思ひ, 軍となりし家康の領内か、又は北方にある三國の主なる筑前殿の領内か, 教徒宮中より追はれて後、十字架に懸かりし者の名は遠きに響き渡り、聖, 勇敢なるジユストは、ドン・アグスチンの領内なる佐賀島の閑地に退き、同, 所に隱れ居たる耶蘇會の宣教師等に就き、全生涯の懺悔をなして、大に慰, に居住すべきことを命じたり、ドン・ジユストは筑前殿の領内に住むこと, だ嘗て基督教徒の入らざりし土地に之を傳ふるに至りしが如く、多數の, 第三節, 關白秀次, 蒲生氏郷, 南坊加賀, 等南坊ヲ, ニ移ル, 慶長十九年九月二十四日, 一〇七三

頭注

  • 關白秀次
  • 蒲生氏郷
  • 南坊加賀
  • 等南坊ヲ
  • ニ移ル

  • 慶長十九年九月二十四日

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  • 一〇七三

注記 (22)

  • 409,584,58,1428二万五千石(一石は一ドカドに當る)を與へたり、
  • 1692,576,57,1292教は日本の僻陬の地にまで傳へられたり、
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