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二万五千石(一石は一ドカドに當る)を與へたり、, 教は日本の僻陬の地にまで傳へられたり、, ば、彼を再び招致せしならんが、その不可能なるを見て、家族と共に、後に將, 出せり、若し基督教を捨てずして、歸り來らしむること、その威信に關せず, 妥を得、又精神上の修業をなし、祈祷と苦行とを事とせり、此の如くして約, を望み、同所に流されたり、筑前殿はその親友なりしを以て之を厚遇し、米, 奧州の大諸侯蒲生飛彈守殿、ジユアンも亦ジユストを招くを望みたり、飛, 一年を過ぎ、世に忘れられ、最も貧苦に陷りしとき、太閤樣は其功勞を思ひ, 軍となりし家康の領内か、又は北方にある三國の主なる筑前殿の領内か, 教徒宮中より追はれて後、十字架に懸かりし者の名は遠きに響き渡り、聖, 勇敢なるジユストは、ドン・アグスチンの領内なる佐賀島の閑地に退き、同, 所に隱れ居たる耶蘇會の宣教師等に就き、全生涯の懺悔をなして、大に慰, に居住すべきことを命じたり、ドン・ジユストは筑前殿の領内に住むこと, だ嘗て基督教徒の入らざりし土地に之を傳ふるに至りしが如く、多數の, 第三節, 關白秀次, 蒲生氏郷, 南坊加賀, 等南坊ヲ, ニ移ル, 慶長十九年九月二十四日, 一〇七三
頭注
- 關白秀次
- 蒲生氏郷
- 南坊加賀
- 等南坊ヲ
- ニ移ル
柱
- 慶長十九年九月二十四日
ノンブル
- 一〇七三
注記 (22)
- 409,584,58,1428二万五千石(一石は一ドカドに當る)を與へたり、
- 1692,576,57,1292教は日本の僻陬の地にまで傳へられたり、
- 875,576,60,2216ば、彼を再び招致せしならんが、その不可能なるを見て、家族と共に、後に將
- 993,578,59,2211出せり、若し基督教を捨てずして、歸り來らしむること、その威信に關せず
- 1226,581,58,2210妥を得、又精神上の修業をなし、祈祷と苦行とを事とせり、此の如くして約
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- 293,575,60,2216奧州の大諸侯蒲生飛彈守殿、ジユアンも亦ジユストを招くを望みたり、飛
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- 1577,862,53,200第三節
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