『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.1066

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指揮し、明石及播磨を領して收入を増せり、, し、改宗者の多きこと教徒の熱心なること、實に上に於て空前絶後の有樣, るジユスト、上に在りて模範を示しゝを以て、異教者は、陸續基督教に歸依, となく交戰し、第一戰に於て明智の軍の主力二百餘人を殺しゝが、味方の, 明智の陣營に達せり、ジユストは神を頼み、味方の正義を信じて、恐るゝこ, パードレはジユストの庇陰に依り、關白殿より恩命を蒙り、又威名赫々た, 到れるものとなし、四散逃走せり、時に七月二日なりき、次で羽柴筑前殿は、, 敢なるを見、又その後方に兵士の來るを見て、信長の子及び羽柴殿の軍の, 日本國を領し、始め關白、後に太閤と稱し、ジユストは其信任を受け、軍隊を, ドレを紹介せんと欲し、自ら會堂に案内して、説教を聽聞せしめ、或は聖教, の祕義を訓へ、或は質疑に答へたれば、會堂に參詣する者日夜絶えざりき、, 關白殿、都を大坂に定めたれば、全國の諸侯は、新皇帝に朝せんが爲め來れ, 軍には僅に一人の死者を出しゝのみなりき、敵軍はジユストの兵士の勇, り、ジユズトは、此際諸侯に、我聖教の主旨を知らしめ、宣教に從事するパー, なりき、當時新に聖教に入りたる者の内、高名なる人物を擧ぐれば、豐後の, 間ニ耶蘇, 耶蘇教歸, 教ヲ弘ム, 諸大名ノ, 依ノ諸侯, 慶長十九年九月二十四日, 一〇六六

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  • 間ニ耶蘇
  • 耶蘇教歸
  • 教ヲ弘ム
  • 諸大名ノ
  • 依ノ諸侯

  • 慶長十九年九月二十四日

ノンブル

  • 一〇六六

注記 (22)

  • 1097,581,58,1294指揮し、明石及播磨を領して收入を増せり、
  • 282,583,59,2213し、改宗者の多きこと教徒の熱心なること、實に上に於て空前絶後の有樣
  • 400,584,57,2213るジユスト、上に在りて模範を示しゝを以て、異教者は、陸續基督教に歸依
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  • 1798,587,57,2202明智の陣營に達せり、ジユストは神を頼み、味方の正義を信じて、恐るゝこ
  • 516,598,56,2195パードレはジユストの庇陰に依り、關白殿より恩命を蒙り、又威名赫々た
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