『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.1068

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羽柴の恩顧を受くること、亦彼に劣らざる騎兵の總大將にして、其名を小, ンの記事は是迄なり、, 以て、十名の武士は聖教に入れり、就中門地の貴きはアグスチンと同じく、, し功に歸せざるを得ざるなり、, 秋月甘木其他の諸所に會堂を建立したり、, その兄弟なる惣右衞門殿, し頃、ジユスト及びパードレ等を追放するに至りし時、大に聖教の保護と, 傳播とに力を竭し、パードレ等を隱〓し給養せり、危急の時に方り、此の如, 寺と稱する士ありしが、ジユストの盡力に依て聖教を奉じ、爾來其名をシ, き保護者を得しは、太閤即位の初年大坂在城の頃、ジユストが熱心努力せ, モン小寺と呼び、ジユストを鑑として、大に徳を修めたり、パードレ・グスマ, 以上述べし如く、高貴の人々改宗せしを以て、其他の諸侯は、天主教を輕ん, 右二人の武士、即ちアグスチン及びシモンは、太閤樣が宣教の禁止を創め, パードレ・ペドロ・モレジヨンの記録に依れば、シモン小寺の改宗に續きて、, は聖教に入れり、彼等兄弟は筑後國に於て、, ぜず、其領内に於て、布教に便利を與ふるに至りしは、幸なりしと云ふべし、, ○直, 之, 保護者, 宣教師ノ, 慶長十九年九月二十四日, 一〇六八

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  • ○直

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  • 慶長十九年九月二十四日

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  • 一〇六八

注記 (22)

  • 1681,583,67,2211羽柴の恩顧を受くること、亦彼に劣らざる騎兵の總大將にして、其名を小
  • 1341,596,55,627ンの記事は是迄なり、
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