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之ヲ放還セン事ヲ請フ、幕府即チ之ヲ納レ、是日乃チ左ノ書簡ヲ長崎奉行ニ下シタリ、, 間、尚々必要の廉有之候へば、直に取調、御報可致候、右乍延引御報〓、(下略), (參考), 談判の用件ありたる樣申居候、右の通大略御報申上候、尤尚進で取調候へば、詳細相分り可申候, 丁に至る〓外國人附添居候由、且滯在日數は、凡そ百日程と覺え、用向は當時大坂城滯在の將軍に, 大坂ニテ英國公使「パークス」ノ旅館失念致シ候間、後年在大坂ノ本山茂樹へ取調呉候樣高美へ, 一七月廿九日、先是、肥前浦上村ノ民耶蘇教ヲ信ズルモノ多ク、物情恟々タリ、依ツテ長崎奉行, 々と申居候、附屬の者の申には、「サトー」と申人居、其音日本人の佐藤姓に相通ずるあり、能く紀, 念致居候、此「サトー」氏は英國公使書記と存候、其一行は餘程多人數にて、騎兵隊數人、其他馬, 之ヲ囚捕入牢セシメ、其處置ヲ幕府ニ乞フ、茲ニ於テ佛國公使先ツ異議ヲ唱へ、各國公使ト共ニ, 長崎奉行へ, 頼置候處、其後右之通申來リシ也、, 佐々木高美殿, 法寺の二ヶ寺(, )を以其旅館に充たる由、公使の名を知らざるも、當時單に「ミニストル」々, 本山茂樹, 居る、, 上下雙び, 卷十七慶應三年, 四二五
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- 居る、
- 上下雙び
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- 卷十七慶應三年
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- 四二五
注記 (20)
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- 956,574,57,2309大坂ニテ英國公使「パークス」ノ旅館失念致シ候間、後年在大坂ノ本山茂樹へ取調呉候樣高美へ
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