『保古飛呂比』 保古飛呂比 2 元治1年~慶応3年 p.519

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金渡し出來、又長藩伊藤俊介等へも再び面會する事も出來、御國のため實に可賀事に立至り候間、, 事も見事に相運、兼て代價の立替へを致し貰ひ候其人も連れ參り、彼の薩人(大坂こ行く爲替掛り)へも, 相成、坂本も數年振にて土佐の白酒を飮み、大に舊を懷ひ、快談時を移し、更けて別れ申候、是より, 其後の出會は吸江の寺にて一二度御密話にて、頗る好き運と相成り、長崎御苦慮被爲在候小銃の一, 極め、夫より私は坂本の種崎の宿に參り、委細打合せ、坂本同伴にて約の始く夜六ツ時を期し坂本, 運ばすとも、かくも今夜切りにては事盡せず、夜も更け、此の後の出會は吸江の寺にすれば宜敷な, らんとの御評決に相成り、某寺にて御出會中上ん事に決し申候、扠珍敷御三所より白酒を御持せに, 次殿加り來られ候、其より種々坂本より申上げ、大に時勢の大體を御看破に相成り、實に薩長と同, ため、薩州へ參り候時、出達の際、私へ龍馬よりの心付に依り、薩藩に於て作り居る貳歩金の模樣、, 相成り、其場所又出會場所は松ヶ端の某茶店、時刻は夜六ツ時と定め、私兩所へ申上候、翌日に取, 心協力、盡さずんばある可からずと云はれ、夫より小銃の事も無論に受取候事に可致との御決論は, 返す〳〵も御安心被仰付度候樣奉申上候、扠彼の長崎滯在中、石田英吉と私と倶に佐々木榮を呼ん, 仕上り品を探り取來り、薩藩同樣之を本藩に於ても作らずては事を發したる時差支へを生ぜん、本, と私兩人丈けにて、此時は中島は不參候、御出會の御方は渡邊彌久馬殿・本山只一郎殿、外に森權, 藩に獻策して薩の方法に習度との一事は、私より獻言試み候處、之れは其細工職方に付、中々六ヶ, 卷十九慶應三年, 五二四

  • 卷十九慶應三年

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  • 五二四

注記 (17)

  • 679,517,57,2348金渡し出來、又長藩伊藤俊介等へも再び面會する事も出來、御國のため實に可賀事に立至り候間、
  • 789,516,58,2373事も見事に相運、兼て代價の立替へを致し貰ひ候其人も連れ參り、彼の薩人(大坂こ行く爲替掛り)へも
  • 1009,517,57,2376相成、坂本も數年振にて土佐の白酒を飮み、大に舊を懷ひ、快談時を移し、更けて別れ申候、是より
  • 899,515,58,2366其後の出會は吸江の寺にて一二度御密話にて、頗る好き運と相成り、長崎御苦慮被爲在候小銃の一
  • 1669,517,59,2377極め、夫より私は坂本の種崎の宿に參り、委細打合せ、坂本同伴にて約の始く夜六ツ時を期し坂本
  • 1228,519,60,2374運ばすとも、かくも今夜切りにては事盡せず、夜も更け、此の後の出會は吸江の寺にすれば宜敷な
  • 1118,521,58,2368らんとの御評決に相成り、某寺にて御出會中上ん事に決し申候、扠珍敷御三所より白酒を御持せに
  • 1450,521,59,2374次殿加り來られ候、其より種々坂本より申上げ、大に時勢の大體を御看破に相成り、實に薩長と同
  • 457,520,58,2367ため、薩州へ參り候時、出達の際、私へ龍馬よりの心付に依り、薩藩に於て作り居る貳歩金の模樣、
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