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沿革此地舊く當山第一祖後僧正眞然大徳の廟所にして、一旦傳法院の, 儀の寺となり、千歳の後、大師の門徒たる一山貫主の住所とし給ふこと、豈, 梵刹となり、其廢地に豐太閤尊趾の菩提寺を創建し、御當家に至り、遂に公, 域を差して、己身の舍利を留ん事を顧命し給ふにや、傳法院靈瑞縁起云、眞, 東寺南山正嫡の榮、千古不朽の盛事に非すや、昔時後僧正在て、此靈秀の淨, 彼誓願云云, 仁和四年五月二十四日僧神忠解由状, 然僧正遺告曰、我有甘雨普潤誓願、高〓可點墓所云云、往々當寺聖靈堂、相叶, 紀伊續風土記), 寛平三年九月十一日、後僧正愛染王の三昧地に住, 青巖寺, 〔東寺文書, 高野山部十, 寺家之一, 按するに、往古此地前は曠澤にして、後には高岳也、其高岳に眞, 然僧正の廟堂あり、爾に小傳法院創造の比、廟堂を今の眞然堂, 院號菩提心, 院○中略, 禮一之十一二, の所に移し、三間の拜殿を構へ、舊跡の岳を鑿ち、澤を埋て平地として、院宇, 後僧正兼て此所に草庵, を建ともおほゆ、今猶乾隅に閼伽井あり、眞然水と云、是に由て是を觀れは、, ○山城, を結んて棲遲し給ふ歟, 廟所, 眞然水, 自署, 寛平三年九月十一曰, 五四〇
割注
- 高野山部十
- 寺家之一
- 按するに、往古此地前は曠澤にして、後には高岳也、其高岳に眞
- 然僧正の廟堂あり、爾に小傳法院創造の比、廟堂を今の眞然堂
- 院號菩提心
- 院○中略
- 禮一之十一二
- の所に移し、三間の拜殿を構へ、舊跡の岳を鑿ち、澤を埋て平地として、院宇
- 後僧正兼て此所に草庵
- を建ともおほゆ、今猶乾隅に閼伽井あり、眞然水と云、是に由て是を觀れは、
- ○山城
- を結んて棲遲し給ふ歟
頭注
- 廟所
- 眞然水
- 自署
図版
- 寛平三年九月十一曰
柱
- 五四〇
注記 (29)
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