『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 3 p.399

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日地震祖廟の石壁崩るゝ事をしるすにとゝまる、, 東照宮御生立の事より創業垂統の功をなし給ふ事なとをしるし、遺命により曰光山に改, に便なるものあり、, 闢し所居をいとなみし事、, 大樹曰光御靈祠え拜詣ありし事なとの類、悉くその年代月曰をしるし、寶暦五年三月十, に飛到し、一つは野州曰光山に飛到し、一つは羽州羽黒に飛到し、一つは淡州乙鶴羽に, 崇神帝の御時天竺國に神あり、五振の劔を東方に投たまひしに、その劔一つは紀州室郡, 飛到し、一つは豐州彦山に飛到するといへる事より、その濫觴をしるして、天平神護一, 年三月僧の勝道大劔峯より來り大谷川を渡り、四本龍寺を創建し、夫より追々曰光を開, 〳〵其名をくたして所在を圖せり、, 山岩の態状より新宮・宗廟・慈眼堂、其餘寺院・堂社・山谷・橋梁・瀑布の屬、おの, 第一篇地圖, 第一一篇紀年, 類をわかつて十二篇とし、漢文をもて記す、體裁簡古にして頗る事實の據るへく、考索, 第三篇廟陵, 廟陵, 別紀第十二(下野), 三九九, 地圖

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  • 廟陵

  • 別紀第十二(下野)

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  • 三九九
  • 地圖

注記 (19)

  • 517,763,55,1283日地震祖廟の石壁崩るゝ事をしるすにとゝまる、
  • 285,760,59,2236東照宮御生立の事より創業垂統の功をなし給ふ事なとをしるし、遺命により曰光山に改
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