『大日本史料』 5編 23 宝治元年10月~同年12月 p.262

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せられけり、かくて三四年住寺ありし程に、貞和二年, 讚念佛せしめ、日々に機にしたかひて、法要を宣説せられき、九月十日の夜にもなり, しかは、つねに彌陀身色如金山の偈、彼此三業不相捨離の文を唱て、卯の一點にや、, の願を發し、木の枝を折立て、しるしとして、開山の儀を表せられしかとも、いまた, しく寂滅に歸し給にき、俗壽六十一なり、八月十八日の夕より臨終の行儀にむかひ、, てにきはまり、西刹の還歸時いたりけるにや、この慈園寺の聖來庵にして、先師むな, 號して、日夜の懃行・朝暮の禮奠、さらにをこたる事なし、十三廻にもなりしかは、, 行の素願殊に御隨喜ありて、慇懃に仰らるゝ旨ありしかは、つゐに御請に應して入院, 端座念佛して、つゐに終をとり給へり、すなはち遺命にまかせて、西山鉢福山に廟地, 土木の功をなすにをよはすして入滅給しかは、まつこの地に塔頭をひらき、淨土院と, 飛來の瑞木をもて造立せらるゝ一光三尊の像を本尊として、夜な〳〵衆をあつめて禮, の殿下、端嚴の尺迦の像を渡し給しかは、殿堂の構いまた周備せさりしかとも、まつ, を點してそをくりたてまつりける、去年八月、先師身つからこの山に入て、一寺草創, 平生の素意にまかせて、廟塔の南に小佛殿を起立して、淨滿寺と號す、後芬陀梨花院, 九月十一日、南浮の化導す, 戌、, 丙, 淨滿寺ノ草, 創, 康空寂ス, 寶治元年十一月二十六日, 二六二

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  • 戌、

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  • 淨滿寺ノ草
  • 康空寂ス

  • 寶治元年十一月二十六日

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  • 二六二

注記 (22)

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