『大日本史料』 1編 3 延喜元年11月~8年雑載 p.322

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氏是を司る, 町ばかり未申方に在て、聊なる松林の内なり、今ノ堂は三間四面にして, 小田天滿宮在小田村、一村之社也、, 感之、乃寫自像賜之、明朗常拜之、及公薨、立祠奉之, 云、憶昔高堂仰徳薫、索居十載絶相聞、豈圖天上一圓月、忽入海西万里雲、公甚, 藏光庵今在嵯峨天龍寺界内、, 感靈夢所勸請也、光嚴院、光明院、崇光院三帝勅願之神祠也、應永年中再興、其, 〔山城名跡巡行志〕, 相傳、鴨部極樂寺主釋明郎、延喜三年始立祠云、初菅公爲剌史、明郎屡進見、延, 喜二年、菅公左遷時、明郎居小田、聞菅公舟過、遽乘小舟逐之、志度浦相及、奏句, 同、所祭天滿天神、此地始在禪〓、號龍蟠山藏光庵、貞治元年七月、住持月溪, 〓釋迦多寶二佛を安置す、是寺は菅公薨御の地なり、故に安樂寺ノ神官權堂, 〔全讚志〕, 藏光菴號龍蟠山、貞和年中建立、開基海印和尚、, 天神社在大和街道東大手筋北、鳥居南而, 〔山城名勝志, 〔山城名跡巡行志〕〓伊郡三天神社在大和街道東大手筋北、鳥居南向、, 土人の語傳に、菅公此地にさすらへ給へりし時、麹商の家に立, 入らせ給ひけるに、其妻いとほしく思へるさまにてもてなし, 夫のかたをばからめたる形に作りて堂にを, をば、よからぬ者に思ぼし給ひぬ、故に後人その老女老夫を木像に作りて, 方向, 奉る、其夫はほこりて敬はざりける故に、其妻をば菅公あはれみ給ひ、其夫, □の, さめたりしと云、其木像といふもの今はなし、, 寒川郡, 紀伊郡三, 三中, 葛野郡三, 五, 式外祠, 三中式・外祠, 九, 社, 神社, 天滿宮, 伏見藏光, ノ地, 月溪勸請, 貞治元年, 讚岐小田, 庵鎭守天, 道眞薨去, 延喜三年二月二十五日, 三二二

割注

  • 土人の語傳に、菅公此地にさすらへ給へりし時、麹商の家に立
  • 入らせ給ひけるに、其妻いとほしく思へるさまにてもてなし
  • 夫のかたをばからめたる形に作りて堂にを
  • をば、よからぬ者に思ぼし給ひぬ、故に後人その老女老夫を木像に作りて
  • 方向
  • 奉る、其夫はほこりて敬はざりける故に、其妻をば菅公あはれみ給ひ、其夫
  • □の
  • さめたりしと云、其木像といふもの今はなし、
  • 寒川郡
  • 紀伊郡三
  • 三中
  • 葛野郡三
  • 式外祠
  • 三中式・外祠

頭注

  • 神社
  • 天滿宮
  • 伏見藏光
  • ノ地
  • 月溪勸請
  • 貞治元年
  • 讚岐小田
  • 庵鎭守天
  • 道眞薨去

  • 延喜三年二月二十五日

ノンブル

  • 三二二

注記 (45)

  • 1596,646,57,345氏是を司る
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