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へ奉る, た三十番神堂, 天神を江戸城に勸請し、數株の梅を栽ると云々, 造營の頃、竟に今の麹町に地を改めさせ給ふ, て、菅公親筆なりといふ畫像を贈る、遂に祠をたてゝ其像を安置す, の祠を江戸城外にたつ、この月また城内平川に天滿宮を創建す、道灌或日, 社頭に數百株の梅樹を栽、數十頃乃祠田を封し、ま, 一室に假寐す、夢に菅公にまみゆ、さめて甚あやしむ、あくるあした人來り, 十八年、御入國の頃、彼宮を平川口の外へ移さる、, 〔江戸名所圖會〕, 其後天正, にあり、別當は天台宗にして、長松山龍眼寺と號け、東叡山に屬す、, 傳云、當社は文明十年戊戌六月廿五日、太田持資、當國入間郡川越三芳野の, 又其後慶長に至り、御本丸御, 故に平河の天神と唱, 〔寛政重修諸家譜, 〔參考〕, を城中に立て鎭守とす、, 號之部平川天滿宮御城西麹町三町目の南平川町, 〓〓〓十〓田清和源氏資長〓上六月、津久戸明神, 六月、津久戸明神, 江戸名所圖會〕天幾之部平川天滿宮御城西麹町三町目の南平川町, 此故に今の麹町の地に至りても、舊名, と唱ふるハ、其梅林の舊跡, を改めす、猶社邊の町をも平河町と云, ○註, 湯嶋天滿宮なりといこ, 宮ホこれなり、寛永系圖に, 頼光流太田, なり、新安手簡に、文明中、太田道灌築かれたりし江戸城平河口の, 今の御城内平川の梅林坂, 中、菅神の社上棟の文に、文明十年戊戌六月廿五日と有之云々、, 今の平, 川天滿, 今谷中本行, 天幾之部, 略ス, 寺にあり, ○下, 略, 三, 二百五十三清和源氏, 略, 幾之部平川天滿宮御城西麹町三町目の南平川町, 平河天滿, 宮, 文明十年六月二十五日, 五二九
割注
- 此故に今の麹町の地に至りても、舊名
- と唱ふるハ、其梅林の舊跡
- を改めす、猶社邊の町をも平河町と云
- ○註
- 湯嶋天滿宮なりといこ
- 宮ホこれなり、寛永系圖に
- 頼光流太田
- なり、新安手簡に、文明中、太田道灌築かれたりし江戸城平河口の
- 今の御城内平川の梅林坂
- 中、菅神の社上棟の文に、文明十年戊戌六月廿五日と有之云々、
- 今の平
- 川天滿
- 今谷中本行
- 天幾之部
- 略ス
- 寺にあり
- ○下
- 略
- 三
- 二百五十三清和源氏
- 幾之部平川天滿宮御城西麹町三町目の南平川町
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- 平河天滿
- 宮
柱
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ノンブル
- 五二九
注記 (48)
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