『大日本史料』 1編 5 延喜18年 7月~延長5年10月 p.422

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者二騎忽然と味方につかうまつれり、をそらくは修羅をもあざむくべき, 山に逃入けり、太子御誓願丹心に侍りければ、山中に石櫃あらはれて、多門, とて、くろくやけながら、米のかたちあざやかに土にまじりてぞありける、, 天の銘あきらかなり、ふかく信じたかく貴み給ひて、白膠木にして四天王, つらだましゐあり、一人は阿多大臣とめされ、一人は坂本大臣とよび給ひ, 雲に乘じて跡を見せず、扨かの多門天の石櫃の上に、方一丈の殿をたて給, 像をきざみ、御〓に納られ、更に進み給ふ所に、往駒山のふもとにして、老武, 率して、守屋大臣を攻給ひしに、大臣の軍兵手痛して、官軍三度破れて、信貴, いにしへよりまうでの人々、おほく拾ひかへれども絶る期なし、此事往々, ひき、信貴山の毘沙門天是なり、舊記ども互見にまかせあらはすものなり、, しが、かれが軍功たとへをとるにかたなし、終に守屋大臣を討ければ、二臣, 當世は堂一宇、坊舍九軒、, の説ども、ふみに見えたり、或人の申、毘沙門經に、孝ある人には寶をあたへ, 信貴畑は、毘沙門堂より半里ばかり麓にあり、多門天燒捨給ひし米に侍る, 信貴畑のほとり、俗に七藏といふ所あり、かの藏の跡なり、〓〓, ○中, 略, ○中, 略, 燒米, 飛藏ノ跡, 延喜年中, 四二二

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  • ○中

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  • 燒米
  • 飛藏ノ跡

  • 延喜年中

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  • 四二二

注記 (23)

  • 1389,636,60,2182者二騎忽然と味方につかうまつれり、をそらくは修羅をもあざむくべき
  • 1740,635,62,2188山に逃入けり、太子御誓願丹心に侍りければ、山中に石櫃あらはれて、多門
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