『大日本史料』 1編 7 承平 6年正月~天慶4年8月 p.546

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とてひらき奉られし、大御神の御かたの掛繪あふぎ見奉りしも、おぼろげ, くほろびにき、, のちなみならずと、たふとくも、かしこくも、〓とゞめがたきまでにぞおも, し人なり、余がとぶらへるをよろこばして、そうこたちに茶を〓させなど, に、上道四里ばかりがほどにて、湖の中島なれば、上もなき要害の地なれど、, 大野村と記すれば、古へ此地方にも猿嶋郡と見ゆ、, しつゝ、もてなさるゝさまいとまめ〳〵し、年ひさしくひめつたへたなり, ほゆる、順行、傳四郎、文伯など、その外ともなへる人々も、たふとさのあまり, 柳橋村は將門記の樣橋なるべし、樣と柳と草字にては, 丑の四などいふころにねぬ、けふめぐり見し相馬の僞都のさまをおもふ, 相ぐしておはしたれば、よもすがら宇治大納言物語のこうぜちして、人々, おほやけにそむき奉りしかば、わづか九年ばかりに、ひとつかどこと〴〵, に、こゑを出してなかざるはなし、今宵は文伯が家にやどる、鶴老師、齋藤氏, 形似るゆへ誤しなるべし、下大野村正定寺元祿中の鐘銘、葛飾郡上幸間莊, 〔下總舊事〕, 〔貞丈雜記〕, 貞丈雜記〕人名之部伊織、小膳、多門、多宮、要人、藏主、左膳、右膳、藤馬、求馬、久, 葛飾, 人名之部, 郡, 二, 僞都ハ要, 害地ナリ, 樣橋, 天慶二年十二月十五日, 五四六

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  • 葛飾
  • 人名之部

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  • 僞都ハ要
  • 害地ナリ
  • 樣橋

  • 天慶二年十二月十五日

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  • 五四六

注記 (26)

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