『大日本史料』 1編 9 天暦元年 6月~7年7月 p.55

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賤をはかりみるに、御邊ほとかうなる人あるまし、我にとしころ地をあら, すてゝ、翁もたちまちさりぬ、秀郷たゝ一人、老翁のおしへのことく〓にた, は、たとひかたきをうたん事は得すとも、命は汝にあたへて、かはねは海中, 來るへし、我はまた小地となりて、かたきをおひき來るへし、かならすと云, そふ敵ありて、合戰度々に及といへとも、身ふせうにして、終にその本意を, 汝のことくなる无雙武藝の武士いまたみす、ねかわくは我にたのまれて、, 彼かたきを伐てたへかしといへは、秀郷こたへていわく、何よりそれこそ, は、老翁立て則秀郷にちかつき、相つれて行けるに、誠に鳥もかけりかたき, にさらさん事、是後世の名聞にあらすや、さらは彼所におもむかんといへ, とに、碧石そはたちけるあら海の邊に來りぬ、其時彼老翁かたりていはく、, 深山なれは、まして人跡絶、万似の峯にのほり、千尋のふかき谷に下り、行ほ, とけす、鬼界、高麗、或震旦國まても身を化して、相頼むへき人を尋けれとも、, 安き間の事なれ、征夷使軍監の家に生るゝ心は、武略をさきとする事なれ, 爰にてまち給ふへし、かたきは大地なり、深更に及ひて、風雨一通り過は必, いわく、我は是此勢多の橋の下に住事すてに二千餘歳なり、我おほくの貴, 天暦元年閏七月二十四日, 五五

  • 天暦元年閏七月二十四日

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  • 五五

注記 (17)

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