『大日本史料』 1編 10 天暦 7年 8月~応和元年11月 p.162

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八講、其後移彼寺、永爲年事、後院司等行事、近例歟、, る、禁中にてのおこりは、村上天皇天暦九年の正月、皇太后穩子の御ために、, ○濫觴抄、花鳥餘情、公事根源等、異事ナキヲ以テ略ス、宸筆法華御八講, 追善なれは、先蹤も後鑑も、いとあはれにかたしけなき事なりや、, ての儀いまた十个度にもみちさるにや、天暦、長保、安元、元應みな母后の御, 八軸に宸筆くたし、九禁に梵筵をひらきて、をこなはれけるより、この度ま, 請僧定ヲ行ハセラルヽコト、八年十一月二十七日ノ條ニ見ユ、, されはことし延徳二年卯月しもの八, 初年於弘徽殿行之、, 天暦元年正月四日、大后登遐日也、仍天皇染宸筆、奉書法華經、於弘徽殿、有御, 節會、, 日は、國母仙院の三回の聖忌にて、廿六日より五个日の御八講ををこなは, 七日, 竟日早旦、以内竪爲房使付之、, 〔御八講之記〕, 〔年中行事祕抄〕, 講師八人聽衆十六人, 法性寺御八講始事, 録十二所收, ○西園寺家記, 正月, 丑, 丁, 略, ○上, 講ノ始, 後ニ法性, 寺ニ移サ, 禁中御八, レ恒例ト, 爲ル, 天暦九年正月七日, 一六二

割注

  • 法性寺御八講始事
  • 録十二所收
  • ○西園寺家記
  • 正月
  • ○上

頭注

  • 講ノ始
  • 後ニ法性
  • 寺ニ移サ
  • 禁中御八
  • レ恒例ト
  • 爲ル

  • 天暦九年正月七日

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  • 一六二

注記 (33)

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