『大日本史料』 1編 10 天暦 7年 8月~応和元年11月 p.773

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れりけるか、今の世には、近衞殿にありとそ聞え侍る、, なる怨靈なりとも、なしか落さるへきと覺えて、かたしけなく侍り、其御衣, かりの有智徳行の人々、おとしかね給へりけるに、小野の宮の、内侍所のう, つらせ給へりし御袖をときて、是にておとし給へとてまいらせられける, 〔參考〕, を、御枕におかせ給ひて、それにてやかて落いまそかりけるとそ、實もいか, 公任の大納言にまいれりけるか、大二條殿へ傳て侍りけるを、御跡の御事、, ○内侍所ヲ縫殿寮ヨリ冷泉院ニ移シ奉ルコト、十一月七日ノ條ニ、内, 京極の大殿に申おかせ給ひける中に、一の筆にしるされて、其御方にまい, 私記曰、問、謂之八咫、有何意哉、答、未詳、但延喜公望私記云、于時戸部藤、卿進曰、, 藏屬實行ヲシテ、節刀ヲ作ラシムルコト、十二月十二日ノ條ニ見ユ、, むかしの事也、此京に遷都のゝちは、これそはしめにて侍ける、, 扨も九條殿のわらは病にとりこめられ給ひて、さは, 〔撰集抄〕九内侍所御事, 八咫鏡, 〔釋日本紀〕, 〔釋日本紀〕十義三八咫鏡, 文物語繪ト異事ナシ, ○上略、上ノ橘直幹申, ○繪, 述義三, 略ス, 七, 持セル衣, 神鏡ヲ捧, 衣ノ傳來, ノ袖ニテ, 八咫鏡ノ, 瘧病ヲ癒, ストノ説, 説, 天徳四年九月二十四日, 七七三

割注

  • 文物語繪ト異事ナシ
  • ○上略、上ノ橘直幹申
  • ○繪
  • 述義三
  • 略ス

頭注

  • 持セル衣
  • 神鏡ヲ捧
  • 衣ノ傳來
  • ノ袖ニテ
  • 八咫鏡ノ
  • 瘧病ヲ癒
  • ストノ説

  • 天徳四年九月二十四日

ノンブル

  • 七七三

注記 (33)

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