『大日本史料』 1編 10 天暦 7年 8月~応和元年11月 p.922

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

はててのほり侍とて、逢坂の關にてよみ侍ける、, このころは宮木のにこそましりいれ君をおしかのつのもとむとて, 都人まつらむものを逢坂のせきまてきぬとつけややらまし, アラセラル、, 陸奧守信明の京へ上とき、わさつのにかねをいれてとらせけり、, 也、天皇行幸小安殿、被發遣伊勢使、還御之後、於仗座被發遣他社使之、, ○大原忠亮ノ任官及ビ陸奧守源信明ノ赴任等ノコト、便宜合敍ス、, 〓新造内裏遷御御祈ノ爲メ、大神宮及ビ十一社ニ奉幣使ヲ發遣, 造内裏被行例, 源信明朝臣、陸奧守にてまかりけるにともなひて、任, 〔玉葉和歌集〕, 〔玄々集〕重之五首, 十月十四日、甲辰、發遣伊勢以下諸社奉幣使、依還宮御祈, 〔日本紀略, 十月十四日、天晴、此日依可被遷御内裏、爲被立伊勢太神宮奉幣、有八省行, 十四日, 貞和二年七月廿一日, 〔園太暦〕七貞和二年七月廿一日, 造内裏事始與造畢間年紀御尋事付例, 中務, 〔玉葉和歌集〕〓源信明朝臣、陸奧守にてまかりけるにともなひて、任, 村上, 天皇, 旅歌, 辰, ○中, 八, 略, 、甲, ○, 村, 明ノ歸京, 小安殿行, 源重之信, 幸, ヲ餞ス, 信明歸京, 應和元年十月十四日, 九二二

割注

  • 村上
  • 天皇
  • 旅歌
  • ○中
  • 、甲

頭注

  • 明ノ歸京
  • 小安殿行
  • 源重之信
  • ヲ餞ス
  • 信明歸京

  • 應和元年十月十四日

ノンブル

  • 九二二

注記 (39)

  • 1696,766,58,1430はててのほり侍とて、逢坂の關にてよみ侍ける、
  • 1111,624,54,1972このころは宮木のにこそましりいれ君をおしかのつのもとむとて
  • 1461,623,57,1982都人まつらむものを逢坂のせきまてきぬとつけややらまし
  • 762,537,67,376アラセラル、
  • 1227,761,57,1936陸奧守信明の京へ上とき、わさつのにかねをいれてとらせけり、
  • 521,615,59,2010也、天皇行幸小安殿、被發遣伊勢使、還御之後、於仗座被發遣他社使之、
  • 992,763,60,2003○大原忠亮ノ任官及ビ陸奧守源信明ノ赴任等ノコト、便宜合敍ス、
  • 867,800,80,2018〓新造内裏遷御御祈ノ爲メ、大神宮及ビ十一社ニ奉幣使ヲ發遣
  • 287,830,59,410造内裏被行例
  • 1815,1269,57,1549源信明朝臣、陸奧守にてまかりけるにともなひて、任
  • 1787,574,108,429〔玉葉和歌集〕
  • 1320,572,102,598〔玄々集〕重之五首
  • 637,1190,61,1637十月十四日、甲辰、發遣伊勢以下諸社奉幣使、依還宮御祈
  • 618,573,99,341〔日本紀略
  • 165,687,64,2133十月十四日、天晴、此日依可被遷御内裏、爲被立伊勢太神宮奉幣、有八省行
  • 871,532,68,222十四日
  • 406,1047,56,633貞和二年七月廿一日
  • 383,574,100,1121〔園太暦〕七貞和二年七月廿一日
  • 476,1048,45,684造内裏事始與造畢間年紀御尋事付例
  • 1578,1984,59,125中務
  • 1783,553,113,2294〔玉葉和歌集〕〓源信明朝臣、陸奧守にてまかりけるにともなひて、任
  • 668,979,42,110村上
  • 624,983,40,106天皇
  • 1799,1059,42,106旅歌
  • 862,771,41,43
  • 435,1703,40,106○中
  • 1844,1057,42,36
  • 389,1701,40,38
  • 906,765,35,49、甲
  • 433,1701,43,41
  • 667,979,44,39
  • 1224,262,41,169明ノ歸京
  • 552,263,43,170小安殿行
  • 1267,264,42,167源重之信
  • 507,262,41,38
  • 1181,267,41,114ヲ餞ス
  • 1845,263,43,171信明歸京
  • 1929,692,43,387應和元年十月十四日
  • 1932,2416,43,119九二二

類似アイテム