『大日本史料』 7編 7 応永12年正月~同13年5月 p.446

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ときによみたまへる歌, 萬代とねかふもつゐにいつはりのなきよにゆきて佛とはなれ, 行人となり給へり、然に伊勢の伊勢守の北方一門なる故に、法林庵へより, ける、有難ともいふ計なし、, 外歸依の道俗もよろこふ事は限りなし、然間信心の旦那も、日々に多く成, り、譜代相傳の地、田畠永代寄附の所あまたにそ成にける、然に上人一心三, 〳〵おはしけれは、或時國阿上人に尋給ふやう、我等こときの女人の身は、, 仰上られけれは、將軍も御心をかたむけ感せさせ給ひ則御内書を被成下, 觀の窓の前に、三明の月の光を招き、稱名の床の上に、佛の來迎をまち給ふ, 應永三年丙子八月の事成に、畠山五郎重信の外戚腹の娘、上人の弟子とな, そむくより又憂世にもいとはれて彌陀のむかへをまつそうれしき, 今は常在靈山の身と成りたると、上人悦ひ給ひける、あまたの御弟子衆、其, り、聞一房と名を付て、靈山に法林庵をつくり、念佛申てそおはしけり、山名, 陸奧守の娘もおなしく尼になり、音一房と號し、珠光庵をつくりて、念佛の, 三十九, 法林庵ニ, ノ族女出, 〓名氏清, 畠山重信, ノ女出家, 住ス, 珠光庵ニ, 家ス, 住ス, 應永十二年九月十一日, 四四六

頭注

  • 法林庵ニ
  • ノ族女出
  • 〓名氏清
  • 畠山重信
  • ノ女出家
  • 住ス
  • 珠光庵ニ
  • 家ス

  • 應永十二年九月十一日

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  • 四四六

注記 (26)

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