『大日本史料』 1編 14 天禄 3年 7月~天延2年3月 p.393

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み侍れは、父の恩缺たる族侍れ共、誰か獨として母の恩離たるは侍るや、此理を閑に, 思時は、如何にも其恩を報し奉らんと思侍と、打つゝく心のいかにも難有侍こそ、返, を思はれけん事、難有には不侍や、夫十月胎内に宿りて、三十八轉に身を苦しめ、久, 恩を不知は有らん、然共知恩報恩の心は、けに稀なるに、此大徳幼より、悲母の孝行, 々無本意覺侍れ、哀此觀理大徳のことくなる心はせを、佛の我にいさゝか付給はりて、, るそかし、孔雀は雷を聞てはらみ、くりは風を懷妊の縁とし、兎は月の光をみてはら, むは、悲母の心はせ也、去は心地觀經にも、我若住世於一切説悲母恩不能盡と被説侍, 幾そはくそや、善惡のふるまひに付ても、何度憂喜の心を發けんな、其數佛も爭かゝ, は、智惠も賢、道心もさこそふかくおはしけめと覺侍り、さても孝養の心のことにい, をとけ、大僧都の位に備り侍けり、昔いみしき人の多侍し中に、觀理大徳と聞給ぬれ, まそかりけるこそ、愚なる心にもいみしく覺て侍れ、情をしられん人、誰かは父母の, めさせ給へき、去は或は子の命に替らんと祈、或は諸共に苔の下にふさゝる事を悲し, 敷ひさの間に有て、百八十石の乳を吸しよりして、母の身を苦め、長大の今まて其煩, けれは、母のまつしき住家をも、ことなく御訪侍けり、さる程に春日明神の御崇有と, 〓、山階寺に下てかさりおろして觀理とそ申ける、智惠才學昔にも越て、三會の講師, 髮ス, 崇ニ依リ興, 福寺ニテ剃, 春日明神ノ, 孝養ヲ盡ス, 天延二年三月是月, 三九三

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  • 髮ス
  • 崇ニ依リ興
  • 福寺ニテ剃
  • 春日明神ノ
  • 孝養ヲ盡ス

  • 天延二年三月是月

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  • 三九三

注記 (22)

  • 484,595,71,2168み侍れは、父の恩缺たる族侍れ共、誰か獨として母の恩離たるは侍るや、此理を閑に
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  • 600,591,68,2173るそかし、孔雀は雷を聞てはらみ、くりは風を懷妊の縁とし、兎は月の光をみてはら
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