『大日本史料』 6編 34 応安4年閏3月~応安4年12月 p.370

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かたり侍し、いとえんなる所の名なり、, とて、いつれの代にて侍りけるやらん、國司出て引島の長さを繩してとりて、はやとも, のわたりにをしあてかひて侍りけれは、ちりはかりも寸法たかはす侍りけるとなん、い, たり、このたひ安徳天皇の御事、いつかゆめにみえさせ給ふことの侍しほとに、たひ, て侍ならは、しまの長さとはやとものわたりのひろさは同ほとそ侍らん、おほつかなし, 侍る、門司の關はこの寺にむかひたり、そのつゝきに山とりのおとて、山寺ありと人の, 門に侍らす、足手をもあらはす、女おとこのわさもせぬ事とそ申、神の乙女なともかね, まことや、このひくしまと穴戸の江のはやとものわたりのあはひ、まことにひきわかれ, 〳〵御菩提をとふらひたてまつり侍りき、いかなる世々の契にてか侍つらんとそおほえ, をたにつけす、かみをもときわけぬ事なり、いとあらたなることなり、しはすの晦日は、, と興ある事なるへし、此事は、此皇后宮の宮司として老て侍るか語侍る也、十二月の一日, 海をさへへたてゝけりな山とりの尾上の寺の入あひのこゑ, より十五日まて、一宮の御神此皇后宮におはしまして、神事侍るほとは、このさとの人, このはやともの浦のしほさなからひつゝ、わたつみの底もあらはになり侍る時、おきの石, 南朝建徳二年北朝應安四年十一月二十九日, 三七〇

  • 南朝建徳二年北朝應安四年十一月二十九日

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  • 三七〇

注記 (16)

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