『大日本史料』 1編 15 天延 2年 4月~貞元元年6月 p.122

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そ申させ給へりける、一條殿おほしけるは、年の程よりもゆゝしく給へりなんと、懇, 侍けり、, ならんすらんとおほしけるに、なをさりかてらの御返事にて侍けれは、上に本意なら, 返事に、いとこまかに殊に有難て、人丸・赤人か昔の目出度かりし人々の二度生たる, なんとまて御返事有けるに、中務の私にかく申そへたり、, しき者にて侍けりと計被仰て、こと成御詞もなく、猶さりかてらに、返返面白侍と計, と侍けるも、おかしきさまして侍り、實やらん、其比は此事をは天下の有情わさに申, 室、同府亞將藤高遠、同在禁省、相友善矣、義孝卒後、不幾夢裏相伴、宛如平生、便, 間、誦法花經、天延・年秋、病疱瘡而卒矣、命終之時、誦方便品、氣絶之後、異香滿, 右近衞少將藤義孝、大政大臣贈正一位謙徳公第四子也、深歸佛法、終斷葷腥、勤王之, す思食て、又上東門院へかくと申させ給に、中務と聞えし歌讀の女房の奉けれは、御, 荻のはに風音つるゝ夕には萩の下露置そましける, 〔日本往生極樂記〕, 詠一句詩云、昔契蓬莱宮裏月、今遊極樂界中風、, ○尊經, 閣本, ○本朝法華驗記, 扶桑略記同ジ, 義孝ト藤原, 高遠, 天延二年九月十六日, 一二二

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  • ○尊經
  • 閣本
  • ○本朝法華驗記
  • 扶桑略記同ジ

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  • 義孝ト藤原
  • 高遠

  • 天延二年九月十六日

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  • 一二二

注記 (22)

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