『大日本史料』 1編 22 寛和元年正月~3月 p.243

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云々、かやうに尊重讚嘆せさせ給ひて、玉冠を傾けさせられ、毎月勤修し給ふことは, 捧財施法施之供具、恣期今世後世之感應、仰願、大師聖靈哀愍納受云々、或は大師尊, 唯尺大師冥助、宜任和尚之濟度云々、或は南無歸命頂禮大師聖靈世々生々哀愍加護, 未聞す、それたゝ慈惠大師のみか、又此講式に、四海之間君臣安寧、唯仰大師擁護之, 慈惠大師を尊敬せさせ給ふ事、特に慇懃なり、心をとゝめて拜覽し給ふへし、, 式の中に、大師と宸筆遊されしこと十六ケ所、加之、始終の御文體を拜見し奉るに、, 靈云々、或は大師奉仕之功、即是、往生淨土之因、可仰、可信、可仕、可敬云々、或は, 〳〵て、叡感せさせ給ふことありて、かくは御筆を染させ給ふなるへし、此御製の講, し〳〵て、南無歸命頂禮慈惠大師降臨道場、或は夫我山第十八座主慈惠大和尚者、内, 祕三光本地、大慈大悲之弘誓無倦、外示四明高徳、利生利物之化導有憑云々、或は敬, 徳、宸筆遊はされしは、弘安年中、蒙古の賊徒降伏の時、皇帝慈惠大師に御祈請まし, 〔慈惠和尚徳行讚〕, 〓る、猶以て規模とす、慈恵大師の式の文、仙洞の御, 製たる、豈無雙の奇特にあらすや、此義頗以て先蹤なき者なり, 天子講式を御製ま, 作, ○來迎院如來藏, 進せらるゝ故、かくはいへるなり、, ○中略, 私云、詔書ハ文章博士勅を奉て、作, 云々、, 聖教七應函所收, 寛和元年正月三日, 二四三

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  • ○來迎院如來藏
  • 進せらるゝ故、かくはいへるなり、
  • ○中略
  • 私云、詔書ハ文章博士勅を奉て、作
  • 云々、
  • 聖教七應函所收

  • 寛和元年正月三日

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  • 二四三

注記 (24)

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