『大日本史料』 1編 22 寛和元年正月~3月 p.343

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

句、冬三月は終の句としるへし、又一ケ月の事は一句を七日半に宛、其餘當座のかけ, 第一句にかへる、本卦かへりといふにおなし、都て一句に十五年つゝかけて見るへし、, 合、或は病人・失物・望事・縁談・旅立の吉凶等、初中後皆右に准して判斷あるへし、, 自彫刻なし給ひし靈像なりしを、慈忍和尚と惠心僧都と心をひとつにし、武藏國深, 當たり、本尊は東叡山の元三大師の畫像と同筆の眞影にして、靈威照々たり、例月, 又一年の吉凶を知らんと欲せは、春三ケ月は第一句、夏三月は第二句、秋三月は第三, 浮岳山深大寺昌樂院と號す、深大寺邑にあり、, 元三大師堂本堂の前、左に傍てあり、寺記に云、應和四年、慈惠大師叡山に於て、, 四十六歳より六十歳に至て第四句の意をもつて吉凶を決すへし、六十一歳よりもとの, しか、惠亮和尚以來天台宗に改む、, 三日開帳あり、此邊を大崎と云、, 元三大師堂同所白雉山寶塔寺といへる天台宗の寺院に安置す、當寺は則雉子宮の別, 〔江戸名所圖會〕, ○下, 大古は法相宗なり, 柏野里と號せしとなり、, 此所も佐須村と云、昔は, ○中, 略, ○中, 略, 略, ノ元三大師, ノ元三大師, 武藏深大寺, 江戸寶塔寺, 堂, 堂, 寛和元年正月三日, 三四三

割注

  • 柏野里と號せしとなり、
  • 此所も佐須村と云、昔は
  • ○中

頭注

  • ノ元三大師
  • 武藏深大寺
  • 江戸寶塔寺

  • 寛和元年正月三日

ノンブル

  • 三四三

注記 (30)

  • 1506,682,77,2185句、冬三月は終の句としるへし、又一ケ月の事は一句を七日半に宛、其餘當座のかけ
  • 1754,685,78,2204第一句にかへる、本卦かへりといふにおなし、都て一句に十五年つゝかけて見るへし、
  • 1384,679,76,2207合、或は病人・失物・望事・縁談・旅立の吉凶等、初中後皆右に准して判斷あるへし、
  • 239,737,74,2126自彫刻なし給ひし靈像なりしを、慈忍和尚と惠心僧都と心をひとつにし、武藏國深
  • 861,737,72,2128當たり、本尊は東叡山の元三大師の畫像と同筆の眞影にして、靈威照々たり、例月
  • 1627,685,81,2179又一年の吉凶を知らんと欲せは、春三ケ月は第一句、夏三月は第二句、秋三月は第三
  • 626,676,60,1221浮岳山深大寺昌樂院と號す、深大寺邑にあり、
  • 366,735,74,2146元三大師堂本堂の前、左に傍てあり、寺記に云、應和四年、慈惠大師叡山に於て、
  • 1885,688,77,2176四十六歳より六十歳に至て第四句の意をもつて吉凶を決すへし、六十一歳よりもとの
  • 503,737,60,881しか、惠亮和尚以來天台宗に改む、
  • 752,741,58,817三日開帳あり、此邊を大崎と云、
  • 980,678,76,2189元三大師堂同所白雉山寶塔寺といへる天台宗の寺院に安置す、當寺は則雉子宮の別
  • 1124,671,75,497〔江戸名所圖會〕
  • 1306,677,46,86○下
  • 614,2405,55,456大古は法相宗なり
  • 605,1927,44,444柏野里と號せしとなり、
  • 649,1929,45,471此所も佐須村と云、昔は
  • 532,1655,40,83○中
  • 487,1654,43,41
  • 779,1599,41,83○中
  • 735,1598,42,40
  • 1266,679,40,40
  • 1000,332,40,211ノ元三大師
  • 628,334,43,207ノ元三大師
  • 674,327,42,215武藏深大寺
  • 1044,330,42,213江戸寶塔寺
  • 955,327,42,40
  • 585,325,41,39
  • 153,715,47,341寛和元年正月三日
  • 137,2533,45,120三四三

類似アイテム