『大日本史料』 1編 22 寛和元年正月~3月 p.310

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ちやみぬ、同し廿八日、將軍家御いのりの爲に、一万體の尊像の摺寫有けるとそ、將, 年々歳々相隔といへとも、靈神不測の幹力、影像威驗の利盆、日に増し月に盛なり、, の尊像を御手つから摺らせ給ふて、御本尊として御願を祈らせ給ふこと、佛像御尊崇, ほく死したり、三月二日、政所に仰て、慈惠大師の尊像をすらせ給ふに、疾疫たちま, 御宇にや、陸奥國平泉の郡柳といふ里の勇士の女の童に、髑髏と化して法華經教へ給, ひしとなん、此事十儀論輔助義の卷に記せり、, にひとしく侍ける、おなしみかとの御宇、寶治元年、かまくらに疾疫おこりて、人お, に捨入すと震筆を染られける、又後深草のみかと、〓岳に臨幸なりて、蓮實房の大師, 院宣、座主二品親王尊覺に仰下され、錦帳を御寄付ありしに、其うちに慈惠大師寶前, 妙驗かす〳〵なりといへとも、目に見耳にふれたる九牛か一毛をしるすに、六條院の, ふ事、くはしく撰集抄に見えたり、後嵯峨院、蓮實房の大師を摺寫し進せらるへきの, 自製あり、段々に南無慈惠大師とあそはしつゝ、毎月三日に大師の講演をこなはせ給, 軍は頼嗣朝臣、執權は時頼等なり、此兩目、東鑑にしるしをけり、後宇多院は式を御, いつれの御時にか、大師示現し給ふは、我影像を宮中に安置し給はゝ、玉體安穩に守, 寛和元年正月三日, トモ靈威日, 示現シテ影, 像ヲ宮中ニ, 歳月ヲ隔ツ, ニ盛ナリ, 安置シ給ハ, 寛和元年正月三日, 三一〇

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  • トモ靈威日
  • 示現シテ影
  • 像ヲ宮中ニ
  • 歳月ヲ隔ツ
  • ニ盛ナリ
  • 安置シ給ハ

  • 寛和元年正月三日

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  • 三一〇

注記 (23)

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