『大日本史料』 1編 23 寛和元年 4月~12月 p.96

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たまひて、如法經を執行はせ給ふ導師ともなされ、また御惱の時は御臨終の智識とも, 件々文句の細釋を法皇聞し召、易行易修の深理、諸宗にすくれる事、御宸襟にそみ、, あふかせ給ひけり、其後寶治二年十二月二日、蓮華王院兵火のために烏有となりぬ、, 其灰をかきはらひしに、〓々たる灰燼の中より一卷の玉軸前後こかれて殘りしを、我, に、山門の碩學・名藍の知識を召よせられ、往生要集を講せしめ給ふに、各所存の義, 御感の御〓御袖にあまりぬ、御信仰の餘りに右京權太夫隆信朝臣に命し、上人の御眞, 影を繪かせ恭敬し給ひ、後に蓮華王院の寶藏に納め奉りぬ、誠に一天の主としてかく, の教行は濁世末代の目足なり、道俗貴賤たれか歸せさらむととかせ給ふよりはしめて、, を演られけり、おなしく法然上人にも勅ありて披講あそはしけるに、抑衆生往生極樂, 尊敬まします事、古今不思議の事にてそありける、其後ます〳〵上人の勸化によらせ, 大上人往生要集御演説の圖像、其濫觴は建久二年の春、後白河法皇河東押小路の仙洞, 〓往生要集御演説圖像縁起〕, 往生要集御演説圖像縁起, 〓往生要集講談縁起」, 寛和元年四月是月, ○大阪, 心寺所藏, 演分玩圖像縁, 往生要集御, 起, 寛和元年四月是月, 九六

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  • ○大阪
  • 心寺所藏

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  • 演分玩圖像縁
  • 往生要集御

  • 寛和元年四月是月

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  • 九六

注記 (22)

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