『大日本史料』 1編 23 寛和元年 4月~12月 p.193

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僧都しはらく叡山をいてゝ、西海道の諸州名嶽靈窟に頭陀し給ふ事あり、その時たま, 寛和二年丙戌のとし、正月十五日の事なり、周文徳宋にかへりて、之を天台山國清寺, 都みつから偈を題し給ふ、その偈に曰、, り、又有人の夢に毘沙門天王、二人のひんつら結たる童子したかへ來りて、源信撰す, り極り侍りとて、〓をなかし掌を合せて歸り給ひにけり、扨往生要集を撰ひたまひけ, る所の往生要集は、みなこれ經論の文なり、一見一聞のともから無上菩提を證すへし、, 一偈を加へてひろく流布せしむへしとつけ給ふ、他日その夢を僧都にかたる故に、僧, るに、厭離穢土、欣求淨土を先とし給ひけるは、空也上人のことはにより給ひけるな, 百五十餘卷の書籍を作り給へり、その中往生要集は、永觀二年甲申、僧都御年四十三, 〳〵宋の國人周文徳著岸す、僧都すなはち往生要集三卷をおくり給ふ、これ花山院の, めり、, 歳にならせ給ふ時の撰述なり、此時觀世音菩薩は、蓋をさゝけて恭敬し給ふの靈夢あ, 〓依聖教及正理勸進衆生生極樂乃至展轉一聞者願共速證無上覺, 扨其のちは僧都横川に跡をとちて、戒律の玉をつらぬきて身上の莊嚴となし、, 觀惠の鏡をみかきて心性の三千をてらし給ひて、, 往生要集, 〓中往生要集〓中等の凡て七十餘部一, ○中, 略, ○中, 略, 寛和元年四月是月, 一九三

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  • ○中

  • 寛和元年四月是月

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  • 一九三

注記 (23)

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