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鷲峰の故事により、鷲宮と名つくといへと、果して然らんには、鷲堂とか鷲峰とこ, そいへ、鷲宮とは云はぬはつなり、磯邊氏の説に、古語拾遺に載するところの天日, 鷲明神社先崎村にあり、社領五石、, 鷲命は、此國に因みある神なれは、それを祭りならんと云、實にさもあるへし、所, 聖跡ノ空シクナラン事ヲ患テ、寺ヲ西坂下ニ移シ、本堂, すへからす、虚説也、別に子細あるへし、, 正勅を奉して此地に來り、平將門を調伏し、行基の刻するところの釋迦の像を安し、, 〔下總舊事〕, 前ニ納メ置、寶祚長久、天下安全ノ祈願ヲ籠玉フ、, ト、他事ナカリキ、故ニ慈惠大師當寺中興開山ノ名アリ、慈惠般若心經ヲ書寫シテ寶, 廿其後天徳四年九月、内裏ト共ニ燒亡シ、唯舊名而已殘レリ、此時、比叡山良源法, 尊像ヲ崇敬セラレシコ, 村雲戻リ橋淨福寺由緒, 〔淨福寺由緒書〕如〓, 地藏堂、, 師、, 其外諸堂舍造營有テ、, 社の傳へは、朱雀天皇の御世、慈惠僧, 葛飾郡トアリト云、, 跡今ニ存スト云々、, 舊記ニ醍醐ト有リ、舊, 慶安二年, 己丑十月、, ノ作、慈惠安之、, ノ能知ル所ナレハ此ニ略ス、, 地藏尊、傳教大師, 慈惠大師ト號ス、是普ク諸人, 印播郡, ○中, 略, (下總), 五, 葛飾郡トアリト云、, 鷲明神社, 淨福寺, 寛和元年正月三日, 三三六
割注
- 跡今ニ存スト云々、
- 舊記ニ醍醐ト有リ、舊
- 慶安二年
- 己丑十月、
- ノ作、慈惠安之、
- ノ能知ル所ナレハ此ニ略ス、
- 地藏尊、傳教大師
- 慈惠大師ト號ス、是普ク諸人
- 印播郡
- ○中
- 略
- (下總)
- 五
- 葛飾郡トアリト云、
頭注
- 鷲明神社
- 淨福寺
柱
- 寛和元年正月三日
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- 三三六
注記 (37)
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