『大日本史料』 1編 7 承平 6年正月~天慶4年8月 p.665

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多く祀れり、, り、磯邊氏の説に、古語拾遺に載するところの天日鷲命は、此國に因みある, 寺號に准じて、神護新勝寺と號す、猶縁起に詳なり、, の護摩を修せしかば、感應忽に顯れて、明る三年の二月、將門終に伏誅せり、, 神なれは、それを祭りしならんと云、實にさもあるべし、所々に鷲宮と云を, へと、果して然らんには、鷲堂とか鷲峰とこそいへ、鷲宮とは云はぬはつな, 鷲明神社先崎村にあり、社領五石, この後僧正尊像を奉じて歸洛せむとするに、忽重くして擧ぐる事能はず、, の刻するところの釋迦の像を安し、鷲峰の故事により、鷲宮と名つくとい, 像を奉持し、難波津より海に浮び、將門が新都に程近きこの處に在て、調伏, 且靈夢の告あるを以て、永くこの地に留む、乃勅して伽藍を建て、高雄山の, 承平七年七月七日、慈惠僧, 正奉朱雀帝之勅、來祭此神、而調伏平將門、安行基所刻之釋迦像、因其鷲峯、名, は、朱雀天皇の御世、慈惠僧正、勅を奉して此地に來り、平將門を調伏し、行基, 〔佐倉風土記〕神社鶯宮神社在先崎村、, 〔下總舊事〕, 社の傳へ, 曰鷲宮、, 葛飾郡トアリ, 埴生郡安食村にも、, 己丑十月, 慶安二年, 印幡, 鷲の宮と云社あり、, ○中, 略, 郡, 葛飾郡トアリ, 曰鷲宮、, 總佐倉鷲, 宮ニ調〓, 將門ヲ下, ストノ説, 天慶三年二月十四日, 六六五

割注

  • 埴生郡安食村にも、
  • 己丑十月
  • 慶安二年
  • 印幡
  • 鷲の宮と云社あり、
  • ○中
  • 葛飾郡トアリ
  • 曰鷲宮、

頭注

  • 總佐倉鷲
  • 宮ニ調〓
  • 將門ヲ下
  • ストノ説

  • 天慶三年二月十四日

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  • 六六五

注記 (35)

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