Loading…
要素
頭注ノンブル
OCR テキスト
ならん、, 來るといへるものをみるに、二種あり、大同小異のものなり、一種は其の丈いさゝ, 贊辭をかゝぬもの一二見えたり、, かみしかし、博物館に一種摸本あり、丈のみしかきかたなり、, 又曰、來迎寺藏十界圖は、二種あるにあらす、摸本に長短あるは、執か寫の粗なる, 補、眞頼曰、近江國坂本來迎寺藏十界圖は、彼寺に二種あるにや、予彼寺より寫し, 長保・寛弘中の人、僧都同時といふへし、光秀は刑部大輔吉光の男、元享頃の人な, り、今傳ふる所の圖、甚古からすみゆ、圓贊は楷あり草あり、又色紙のみを畫きて、, 圖品目云、九相十界圖十五幅、修理亮光秀畫、江州坂本來迎寸藏、, 補、元幹曰、巨勢弘高所畫歟、, せりと、其圖讚は僧都の筆也、繪は巨勢金岡と云傳へたれとも、時代相違せり、晝, 倭錦云、巨勢弘高、十界十五幅、贊、惠心僧都、江州來迎寺什物、, 事相を繪に寫し女御后妣の爲にすへき旨、畫工に命せられ、僧都の指南を受て圖畫, 躬行曰、采女正金岡は寛平・延喜中の人、惠心は寛仁元年化せり、弘高は深江の男、, 圖贊ハ源信, ヲ畫圖セシ, 巨勢廣貴筆, 上皇御感ア, リテ十界圖, 覽ニ備フ, トノ説, 筆, 〓寛和元年四月是月, 一九七
頭注
- 圖贊ハ源信
- ヲ畫圖セシ
- 巨勢廣貴筆
- 上皇御感ア
- リテ十界圖
- 覽ニ備フ
- トノ説
- 筆
柱
- 〓寛和元年四月是月
ノンブル
- 一九七
注記 (24)
- 260,731,53,182ならん、
- 636,722,60,2121來るといへるものをみるに、二種あり、大同小異のものなり、一種は其の丈いさゝ
- 1009,723,57,823贊辭をかゝぬもの一二見えたり、
- 512,731,55,1564かみしかし、博物館に一種摸本あり、丈のみしかきかたなり、
- 385,727,61,2125又曰、來迎寺藏十界圖は、二種あるにあらす、摸本に長短あるは、執か寫の粗なる
- 759,728,59,2119補、眞頼曰、近江國坂本來迎寺藏十界圖は、彼寺に二種あるにや、予彼寺より寫し
- 1273,716,59,2133長保・寛弘中の人、僧都同時といふへし、光秀は刑部大輔吉光の男、元享頃の人な
- 1143,725,60,2144り、今傳ふる所の圖、甚古からすみゆ、圓贊は楷あり草あり、又色紙のみを畫きて、
- 1656,721,56,1687圖品目云、九相十界圖十五幅、修理亮光秀畫、江州坂本來迎寸藏、
- 882,721,56,766補、元幹曰、巨勢弘高所畫歟、
- 1775,730,59,2125せりと、其圖讚は僧都の筆也、繪は巨勢金岡と云傳へたれとも、時代相違せり、晝
- 1527,723,58,1678倭錦云、巨勢弘高、十界十五幅、贊、惠心僧都、江州來迎寺什物、
- 1888,720,58,2132事相を繪に寫し女御后妣の爲にすへき旨、畫工に命せられ、僧都の指南を受て圖畫
- 1399,723,59,2145躬行曰、采女正金岡は寛平・延喜中の人、惠心は寛仁元年化せり、弘高は深江の男、
- 1717,317,42,213圖贊ハ源信
- 1804,318,41,203ヲ畫圖セシ
- 1430,316,41,212巨勢廣貴筆
- 1890,314,43,207上皇御感ア
- 1851,314,37,210リテ十界圖
- 1937,312,39,164覽ニ備フ
- 1385,319,40,125トノ説
- 1674,313,38,42筆
- 154,709,47,343〓寛和元年四月是月
- 163,2539,42,111一九七







