『大日本史料』 2編 1 寬和2年6月~正暦4年6月 p.882

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所はすけまさの兵部卿の御いもうとのはら、いま三所は攝政の御むすめ, 一條攝政殿の御むすめのはらの女君たち、三四五の御方おはします、三の, 一、のちの御いみな恒徳公と申き、御子おとこ七人、女君五人おはしき、女二, まの入道殿のそくにおはしましゝおりの御子うみてうせ給ひにき、五君, 左衞門督きんのふの卿、又法住寺の僧都のきみ、あさりの君おはす、まこと, 御方は、たかつかさとのゝうへとて、尼になりておはします、四の御方は、い, 住寺のおとゝと聞えさす、正暦三年六月十六日にうせ給ひにき、御年五十, よおほえあり、よき人にておはしき、又權中將みちのふのきみ、いみしき和, き、女君ひとゝころは花山院の御時の女御、いみしうときにおはせしほと, 歌の上手にて、心にくき人にいはれ給ひしほとにうせ給ひき、又たゝ今の, この大納言になり給へるは、いまの中宮大夫たゝのふの卿いと, 納言の北方にてうせ給ひにき、男君太郎は左衞門督さねのふときこえさ, に、御子はらませ給ひて、やつきにてうせ給ひにき、今ひとゝころは入道中, は今の皇后宮にさふらはせたまふ、このおとゝの御ありさまかくなり、た, のはらにおはします、おとこ君たちの御母、みなあかれ〳〵におはしまし, せし, 正暦三年六月十六日, ○中, 略, 子女, 傳, 正暦三年六月十六日, 八八二

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  • ○中

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  • 正暦三年六月十六日

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  • 八八二

注記 (23)

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