『大日本史料』 2編 3 長徳3年9月~長保2年9月 p.87

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たらせ給にしかは、そのれいをひきて、ほかにわたらせ給へなと、さるへき, せ給へりしか、陰陽師ともは、晴明、みちよしなといとかみさひたりし物と, のたひの御なやみには、いみしき驗者とものありしかはこそ、いとたのも, もにて、いとしるしことなりし人々なり、ところかへさせ給てよろしかる, きこしめしいれす、たゝ佛をたのみたてまつらせ給へり、, え候を、この御なやみおこたらせ給へりとてこそは、一條院、僧正にはなさ, し人々なり、くはんす僧正は、やかて殿の内にさふらひ給しに、僧都ときこ, 殿はら申させ給へと、すへてさらにいかむとも思侍らはこそあらめとて, 惱他人平癒セシムヘカラス、僧正ノ加持ニ依テ、早ク尋常ニ復シ給ヘキ也, へきよし申けれは、故麗景殿の尚侍の御いゑ土御門にわたらせ給て、おこ, しかりしか、なか谷のくはんす僧正、觀音院の僧正なとは、なへてならさり, 〔眞言傳〕五大僧正深覺, 此人效驗タクヒ少キ人也ケリ、長保ノ比、左府病惱シテ七十餘日、是ニ依テ, 來リ訪給フヘキ由消息アリ、其間夢ニ見樣、石山ノ僧證念來テ申云、左府御, 云々、爰ニ丹波守經國朝臣ヲ以テ、使シテ請セラル、使ト相共ニ、左府ノ亭, 祷ス, 觀修等祈, 僧正ト爲, ス, 長徳四年三月四日, 八七

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  • 祷ス
  • 觀修等祈
  • 僧正ト爲

  • 長徳四年三月四日

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  • 八七

注記 (21)

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