『大日本史料』 2編 7 寛弘8年7月~長和2年10月 p.73

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らせ給、東宮の御はた, へすか〳〵しうもおほしたゝせ給はす、内の御うしろみも殿つかうまつ, へういひのゝしるめり、, りさまを、をなしことのやうなれと、つきせす世人申思へり, 從五位下藤原妓子、寛弘八年八月廿三日、爲女御、, 殿をそまいらせ給へとある御せうそこ、たひ〳〵になりぬれと、殿のおま, 頭辨傳奏之、此後左大臣更參御所、退下宿所、, にをはしませは、よろつもてはやしおほしめしたり、御けいなといみしか, さらなり、なをめつらかなる御あ, う、いまめかしうらう〳〵しうをはします、なに事ももののはえありさま, かんの殿, うちにまいらせ給、このたひはいと心ことなり、みかとの御心いとをかし, 〔皇代記〕, 〔大鏡裏書〕皇后宮妓子御事, 女御正二位藤原妍子寛弘八年八月廿三日、戊子、爲女御、十七、, 五位以上入自月華門, 内には、またたれも〳〵さふらはせ給はす、かんの, 〔榮華物語〕〓はかけ内には、またたれも〳〵さふらはせ給はす、かんの, 〔榮華物語〕〓はかけ, 〳〵, 寛弘八年八月二十三日, 西上、立於, 殿砌, 弓場殿内, 左馬頭相尹、内藏頭公信、民部大輔爲任、左近, ○中, 少將忠經、少納言能信、左兵衞佐實經等到同, ○御はた富岡本、御, 略, かた, 南、, かた〳〵ニ作ル、, ○御は, 寛弘八年八月二十三日, 七三

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  • 西上、立於
  • 殿砌
  • 弓場殿内
  • 左馬頭相尹、内藏頭公信、民部大輔爲任、左近
  • ○中
  • 少將忠經、少納言能信、左兵衞佐實經等到同
  • ○御はた富岡本、御
  • かた
  • 南、
  • かた〳〵ニ作ル、
  • ○御は

  • 寛弘八年八月二十三日

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  • 七三

注記 (35)

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