『大日本史料』 2編 10 長和5年3月~7月 p.315

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うまつりける云々、, 又、殿上花見卷、長元四年九月廿五日、上東門院住吉まうて供奉の所に云、一の, そ、後京極殿も仰られけれ、, らす參るへきものゝやうにおほゆ、長元四年には、既に身まかりたるにや、或, 車には尼四人、辨尼・辨命婦・左近命婦・少將の尼君、二の車には侍從のすけ・越後, 此供奉に大貳三位・辨乳母はみえたるに、母の式部の名は見えす、恙なくは、かな, 此後京極殿の御詞、諸抄に見えす、めつらしくおほえ侍るまゝに、筆のついて, はさはる事ありて、京にとゝまれる歟、, ふらひける、宣旨は源大納言の御むすめ、三位は内の御めのと大貳三位なり、, の辨のめのと・大輔・平少將・美濃の小辨・兵衞内侍、御車のしりには宣旨・三位そさ, 萬壽二年の頃は猶存生にて、大宮に侍りしとみゆ、, 大宮とは上東門院なり、左衞門督とは兼隆卿なり、此書樣を思ふに、紫式部も, さよのねさめ, にしるし侍り、, 云、紫式部か源氏・白氏か文集、身にそへぬ事はなしとこ, 長和五年四月二十九日, 後普光園院攝, 政良基公作、, 一(二條), 前ニ死セル, 長元四年以, ホ存生ス, 萬壽二年ナ, カ, 長和五年四月二十九日, 三一五

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  • 後普光園院攝
  • 政良基公作、
  • 一(二條)

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  • 前ニ死セル
  • 長元四年以
  • ホ存生ス
  • 萬壽二年ナ

  • 長和五年四月二十九日

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  • 三一五

注記 (26)

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