『大日本史料』 2編 10 長和5年3月~7月 p.334

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事おほくして、極めて婦人の趣向なるうへ、詞のつゝき一人の筆ならては書きくた, らす、況や前にしるしたる才徳兼備と七事共具たるをおもふに、父かちからをから, されぬくさりなり、一部にわたりて委しくよむ人は、誰とても、此説にまよふへか, 三年四月廿五日紫式部か夫左衞門權佐宣孝卒、, て書たるものなれとも、その筆樣この物語におとるへしや、日記をくはしく見る人, もしるへからす、またかの日記はもとより父の力をからさる物のうへ、筆にまかせ, すとも、此物語はたやすく出きなまし、且又長保・寛弘の頃は、爲時はやく卒したる, 四年五年寛弘元年, おもふへし、, は、更に此妄説に迷ふへからす、宮仕のことは年譜をしるして考索に備ふへし、, 今按、式部か中宮へ參りそめたるは、此二三年の程なるへし、下にひく日記の文を, 長保元年十一月道長公長女彰子入内、居藤壺、十二歳、これ上東門院なり、, 四年中宮彰子、二十歳、此夏、式部に文集の樂府を習ひ給ふ、其文前に出たり、, 二年三月彰子立后、十三歳、, 二年三年, 長和五年四月二十九日, 年也, 長保六, トノ説ハ非, 爲時ガ作ル, 筆ナレバ, 全篇婦人ノ, ナリ, 長和五年四月二十九日, 三三四

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  • 年也
  • 長保六

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  • トノ説ハ非
  • 爲時ガ作ル
  • 筆ナレバ
  • 全篇婦人ノ
  • ナリ

  • 長和五年四月二十九日

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  • 三三四

注記 (25)

  • 1808,667,64,2096事おほくして、極めて婦人の趣向なるうへ、詞のつゝき一人の筆ならては書きくた
  • 1562,667,61,2092らす、況や前にしるしたる才徳兼備と七事共具たるをおもふに、父かちからをから
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