『大日本史料』 2編 18 治安2年正月~3年2月 p.191

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

り、其後被築大垣云々、今度可准彼例、, み給ひける時なん、なを〳〵佛そうへもなくおはしましけりとおほえて、いとゝ道心, らふへき人もなく、めてたく見えけれは、人界にむまるゝとならは、一の人こそいみ, をかためたりける、かのめうしやうこんわうのたくひにことならす、いとかしこき思, いかにも國王にはしかさりけりとみるあひたに、金堂にいらせ給ひて、ほとけをおか, いたり給ふ時、いみしとおほえつる關白物ならす覺えて、さきの思ひをあらためて、, こゝろもをよはす、宇治殿その時の關白にて、事おこなひておはします、座にかたな, しかりけれと、ほと〳〵のゝしる、百司雲霞のことく圍遶し、らんしやうのゝしりて, ひはかりなるへし、, 御くやうありける日、まいりておかみけるに、事のきしき、佛前のかさり、まことに, 養時、御堂ハ大垣を壞し、榻なとの高ニ地を殘して有けれハ、見物車乃轅かけたりけ, 康治二年九月十一日、祗候御前、仰云、今度南京御堂供養庭狹、, 〔中外抄〕, 見物輩定□人、東方築垣を壤之、如小松欲殖如何、是非無先例、法成寺供, ト、康治二年十二月十八, ○興福寺内御堂供養ノコ, ニ見ユ、, 日ノ條, ○三條西家重書古文書一所收, ○上, 上, 大垣ヲ壞リ, 轅ヲ掛ケシ, テ物見車ノ, 治安二年七月十四日, 一九一

割注

  • ト、康治二年十二月十八
  • ○興福寺内御堂供養ノコ
  • ニ見ユ、
  • 日ノ條
  • ○三條西家重書古文書一所收
  • ○上

頭注

  • 大垣ヲ壞リ
  • 轅ヲ掛ケシ
  • テ物見車ノ

  • 治安二年七月十四日

ノンブル

  • 一九一

注記 (26)

  • 323,719,57,940り、其後被築大垣云々、今度可准彼例、
  • 1100,720,57,2063み給ひける時なん、なを〳〵佛そうへもなくおはしましけりとおほえて、いとゝ道心
  • 1544,719,55,2059らふへき人もなく、めてたく見えけれは、人界にむまるゝとならは、一の人こそいみ
  • 996,720,53,2066をかためたりける、かのめうしやうこんわうのたくひにことならす、いとかしこき思
  • 1212,726,55,2054いかにも國王にはしかさりけりとみるあひたに、金堂にいらせ給ひて、ほとけをおか
  • 1321,726,55,2026いたり給ふ時、いみしとおほえつる關白物ならす覺えて、さきの思ひをあらためて、
  • 1653,728,57,2056こゝろもをよはす、宇治殿その時の關白にて、事おこなひておはします、座にかたな
  • 1433,722,55,2058しかりけれと、ほと〳〵のゝしる、百司雲霞のことく圍遶し、らんしやうのゝしりて
  • 886,719,52,451ひはかりなるへし、
  • 1765,719,54,2059御くやうありける日、まいりておかみけるに、事のきしき、佛前のかさり、まことに
  • 433,711,59,2073養時、御堂ハ大垣を壞し、榻なとの高ニ地を殘して有けれハ、見物車乃轅かけたりけ
  • 655,713,57,1547康治二年九月十一日、祗候御前、仰云、今度南京御堂供養庭狹、
  • 765,698,71,261〔中外抄〕
  • 544,930,57,1857見物輩定□人、東方築垣を壤之、如小松欲殖如何、是非無先例、法成寺供
  • 641,2314,42,469ト、康治二年十二月十八
  • 686,2312,42,463○興福寺内御堂供養ノコ
  • 531,723,42,135ニ見ユ、
  • 576,716,40,126日ノ條
  • 758,1024,44,550○三條西家重書古文書一所收
  • 763,1021,79,37○上
  • 799,1017,47,45
  • 505,352,41,209大垣ヲ壞リ
  • 416,349,41,207轅ヲ掛ケシ
  • 459,352,41,208テ物見車ノ
  • 226,878,43,384治安二年七月十四日
  • 226,2347,40,94一九一

類似アイテム