『大日本史料』 2編 24 万寿4年3月~10月 p.347

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我身にはかなしき事のつきせねはきのふをはてと思はさりけり, 右大臣藤原實資、栖霞寺ニ於テ、仁王講ヲ修ス、, れは、かのみやよりきのふはなとまいらさりしなと、いひにをこせて侍りけるによ, 〔後拾遺和歌集〕, 後一條院御時、皇太后宮うせ給ひて、はてのわさにさはることありてまいらさりけ, 本月十九日ノ條ニ、周忌御法會ノコト、長元元年九月九日ノ條ニ、禎子内親王、法, める、, ○皇太后、, 成寺ヨリ、枇杷殿ニ還リ給フコト、十一月十九日ノ條ニ見ユ、, 〔小右記〕, せられて、いとまめやかにくるしけにおはしませは、殿はら御心ちまとはせ給へり、, せさせ給つ、, 崩御アラセラルヽコト、九月十四日ノ第二條ニ、五七日御法會ノコト、, 十月, 十一月になれは、宮の御正日の事, める、江侍從, 江侍從, ○宮内廳書陵部, 所藏伏見宮本, ○中略、道長、病ムコトニカ, カル、十一月八日ノ條ニ收ム、, ○富岡本、コノ次ニ、をきゝおほせ, られてみなそのことをノ十六字アリ、, 以テ校ス、, ○富岡本ヲ, 哀傷, 皇太后妍子、三条院后、, 妍, 十, 子, 悼歌, 江侍從ノ奉, 萬壽四年十月二十八日, 三四七

割注

  • ○宮内廳書陵部
  • 所藏伏見宮本
  • ○中略、道長、病ムコトニカ
  • カル、十一月八日ノ條ニ收ム、
  • ○富岡本、コノ次ニ、をきゝおほせ
  • られてみなそのことをノ十六字アリ、
  • 以テ校ス、
  • ○富岡本ヲ
  • 哀傷
  • 皇太后妍子、三条院后、

頭注

  • 悼歌
  • 江侍從ノ奉

  • 萬壽四年十月二十八日

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  • 三四七

注記 (34)

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