『大日本史料』 3編 1 応徳3年11月~寛治4年雑載 p.308

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なしみていはく、もとよりきりとをしにあらさる人、一旦はけみてさきを, るところのつはものこと〳〵くうちとりぬ、末割四郎これ弘、臆病の略頌, へてかけ出、將軍のつはもの、又龜次か首をとらんとて、おなしくかけ合ぬ、, に入たる事をふかくはちとして、今日我剛臆はさたまるへしといひて、飯, さけおほくくひて出、こと葉のまゝにさきをかくる間に、かふら矢頸の骨, にあたりて死す、射きられたる頸のきりめより、喰たる飯すかたもかはら, かくる、かならす死ぬる事かくの〓し、くらふところのものはらの中に入, すして喉にとゝまる、臆病の者なりとそいひける、家ひらか乳母千任とい, 兩方みたれましりて大きにたゝかふ、將軍のつはもの數多して、城より下, り、ひとへにそのちからにて、たま〳〵貞任らをうちえたり、恩をになひ、徳, すしてこほれ出たり、見るもの慙愧せすといふ事なし、將軍これを聞てか, 相傳の家人として、かたしけなくも重恩の君をせめたてまつる、不忠不義, をいたゝきて、いつれの世にかむくひたてまつるへき、しかるを汝すてに, 貞任、宗任をうちえすして、名簿をさゝけて、故清將軍をかたらひたてまつ, ふもの、やくらの上に立て、聲をはなちて將軍にいふやう、なんちか父頼義、, 惟弘ノ耻, 家衡乳母, 千任義家, ヲ罵ル, 辱, 寛治元年十二月二十六日, 三〇八

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  • 惟弘ノ耻
  • 家衡乳母
  • 千任義家
  • ヲ罵ル

  • 寛治元年十二月二十六日

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  • 三〇八

注記 (22)

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